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【トゥバ共和国への旅5】生きとし生けるもの。ワタクシ、重病になってしまいました。

😎😎😎やっぱりあるぜ、オグ😎😎😎

モンゴルの親戚のような位置にありますから、ゲルのような移動式住居もあるんです。中国ではパオと言いますね。トゥバでは「オグ」と言います。誰彼でも所有しているわけではありませんから、観光用の宿泊施設になっているオグもあります。


オグ

首都郊外、エニセイ川沿いの施設をのぞいてみました。テレビでみたような感じです。管理人の男性とは、魚釣りの話で盛り上がりました。トゥバに来るなら釣り竿は必携のようです。「イトウ」って魚がいるじゃないですか。日本では幻の巨大魚とされています。体長は1~1・5メートルにもなるそうですよ。エニセイ川でもイトウが釣れます。日本同様、ここでも成長がとっても遅いので、そもそも数は限られていて、入れ食いで釣れるわけじゃありません。トゥバでも釣り人のあこがれの魚だそうです。

😎😎😎なんじゃかんじゃ言っているうちに😎😎😎


なんじゃかんじゃで日々は過ぎ、トゥバの首都グズルともとうとうお別れです。トゥバの連れが迎えに来てくれました。新築祝いをするので一緒に来い、というわけです。兼お別れパーティーといったところでしょうか。

お母さんが、どうぞと出してくれたのはトゥバ式のミルクティー「シャイ」。前回書いたように塩入りです。ネパールの「チャイ」はむちゃくちゃ甘いですよね。この味の違いに国民性の違いというやつが眠っているのかもしれません。「シャイ」と「はったい粉」を混ぜて作る「ダルカン」も並べてくれました。むぎこがしのようなもんですね。



!!閲覧注意。動物の解体の写真がでてきます


そうこうしていると、家の裏のオグに来いという。なんでんねん、とおじゃましたら、ヤギがまさに解体されているところでした。当地ではお祝いの席など特別な場合、羊やヤギをつぶして振る舞うのです。

子どもたちがヤギの足をおさえ、としかさの少年がナイフを入れていく。もちろん生きているヤギにです。残酷なようですが、彼らの作業は実に丁寧で、部位ごとに取り出し、血一滴も無駄にはしません。ヤギに対する感謝の気持ちを捧げることはすなわち、ゲストに対する最高のもてなしでもあるのです。遠い昔、日本でも似たような例があったかもしれません。ニワトリをつぶしたりね。当地では、肉はパックに入った商品ではありません。命と交換にいただくものなのです。


さきほどのヤギがお皿に載って運ばれてきました。調理過程を十分に堪能させていただいたボクは、なんだか胸いっぱいの状態で食欲がなかったのですが、いらん、などと言うわけにはいきません。取りあえず口に運びました。塩ゆでです。味はいたってシンプルで、シンプルというよりそれぞれの部位の素材の味がするといった方がいいでしょうか。


生まれて初めて、命をいただいた、といった感じです。肉を食うとはこういうことなんだ、と実感しました。生きとし生けるものへの感謝のような感情も湧き起こってきました。すべての生きとし生けるものにありがとう、大地に風に、ありとあらえるものにありがとう。こんなファンタジーを迷いなく語れるようになる。命を口にするとは、そういうことなんだと思います。

実は今でもボクの顔を見つめ、「助けて」と訴えるヤギの目が、脳裏に焼き付いています。今でも肉を食いますけどね。生きていくというのはそれだけで、罪なことでもあるのです。

😎😎😎さよならトゥバ😎😎😎


送別の宴も終わり、ホテルに戻り帰国の用意をする。ああ、あっという間の日々でした。友人の言葉を思い出します。こんなことを言っていたんです。そやね、と思ってはいたのですが。


「トゥバに来ると一つの病気にかかる。それはね、再びトゥバに来たくなるという病気さ。あなたたちもその病気にかかったはずさ」


それからね、もう15年以上がたちます。なのに重症です。小松島のお寺にいても、ふと、草原の風を感じることがあります。これほど重い病気だとは思ってもみませんでした。この重い病を癒やすには、方法は一つしかないのでしょう。いつか、またね、トゥバ。


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