良い子になろうとするな

このタイトルの言葉を聞いた
小さい子らはきっと

え?なんで?

ってなるくらい
ずっとここを目指して頑張っている事が
多いですよね

私たちは小さい頃から

「良い子に待ってなさい」
「良い子にしていなさい」

という言葉を
どれだけかけられたことか

そして自分の中の
良い事と悪い事を選別して

親の前で見せる部分は
良いの子部分じゃないと

親に見てもらえない
親に怒られてしまう

そんな脅迫概念が
この"良い子"の背景には
在ると思います

実際私もそうでした

優等生病とも
言い換えてもよいかもしれません

人前ではしっかりとしなければいけない
ちゃんとした事をして

失敗をしたらそれを恥じて
自己反省をする

これらが悪いと言いたい訳ではなくて

自分と離れた部分の自分を
演じている時って

本当に虚しくて
簡単に腹が立ってくるのです

何かちょっと言われただけでも
イラっとしますし

苦しいと感じていても
この良い子の枠からはなかなか
自分を出してあげらることが出来ない

そんな苦しいループの中に
良い子や優等生は存在すると思います

本質的に良い子じゃない子は
じゃあどうすれば良いのか?

相手に理解という愛情を貰うことを
諦めることです

やはり相手に理解されたい
わかって欲しいというら愛情を
小さい頃は自然と持ってしまいがちですが

本日の自分を見てくれない否定をする時点で
その人は愛情とは違うものを

あなたに与えてしまっているのかもしれません

それがあなたの身近な人

お母さんやお父さん
先生や友達なら

さぞかし苦しくて
良い子の殻に入ってしまいたくなるのも
よく分かります

ですがこれは
10歳辺りでやめていくのが
良いと思います

この時点で良い子を
辞めていくことをしないと

今度はこの苦しい殻を被ったままの
学生生活や社会生活を送らないといけなくなります

これは呪いや洗脳のように
小さい頃に決めたマイルールって

実は大人になっても
外すのが難しいのです

実際に社会に出てから
これらに苦しむ人というのを

私は何人も見てきました
例外なく苦しそうです

もちろんそれで良いこともあるので
その人はそれを続けていると思うのですが

ただ上手くいかなかった時
悪いことが起きた時の反動というのは

これまた落ち込みが激しいと思います

やはり良い子の皮というのは
苦しさも付いてくるものなので

苦しい反面の見返りが
欲しくなるのではないのかなと思います

良い子になろうとする道も
一つの道としてあるとは思います

ですがその選択は茨の道に
進むのだと思います

どこかで自分の本音や
自分の本質で在ることを決意して

その人生の歩みにシフトしていくことを
私は自分の今までを振り返って

強くお勧めします


良い子になろうとするな

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