『環境との協働で災害を生き抜く』 前田昌弘氏レクチャー(前編)
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『環境との協働で災害を生き抜く』 前田昌弘氏レクチャー(前編)

この記事は、京都大学准教授、前田昌弘先生に行なっていただいたレクチャーの内容を構成して公開するものです。
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ではお話をさせていただきます。専門は建築計画、中でも住居と町づくりです。京都大学は住居に関する研究が強いという伝統があり、僕も住居・住まいを起点にした町づくりの研究をしています。また京都だけでなく、海外でのアクションリサーチにもとりくんでいます。

研究テーマのひとつに「災害復興」があります。限られたリソースで災害を生き抜く上では、人々がどう協働するのかに加えて、人々が「環境」そのものと協働する、ということもありえるのではないか。そのようなことを考えています。

研究のスタート

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写真1:津波直後のスリランカの沿岸部

研究のスタートは、スリランカでのインド洋津波からの復興のフィールドワークです。スリランカは津波被災地の家を高台にリロケーションする復興政策を取り、漁業をなりわいにしていた人々を海から離れた場所に再定住させました。この再定住地に行ってみると、できた当時は家族で住まわれていた住居が、数カ月後には空き家になっていた。支援が人々に届いていない様子を目の当たりにして、なぜこういうことが起きるのかなということを考えました。

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写真2:再定住地の様子

このリロケーションの対象になったのは、伝統的な漁法で暮らしをたてている方たちです。写真3の女性たちはココナツの殻の繊維から漁業用のロープを作っています。彼らは身の回りにあるものの力を、いろいろと借りて暮らしを成り立たせていました。しかし再定住地に行くことで、そうした環境との関わりが断ち切られてしまって、住めなくなってしまうのではないかと考えました。

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写真3:ココナツの殻の繊維でロープをつくる女性たち。

特に注目したのは、社会的な環境です。津波によって、物理的な環境は流されてしまった。しかし社会的な関係を通じて、物理的な環境が再建されてゆくこともあるはずだと。建築と社会的な環境の関係を起点に、住まいの復興を考えていくというアプローチで研究に取り組みました。

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写真4:現地の漁民たち。木製ボートを沿岸に浮かべて魚を獲る。

環境の行為主体性

災害の現場を見ていると、最近よく聞く「自助・共助・公助」というフレーミングや、「個人」という概念がなじまない人たちがたくさんいます。研究をしていくうちに、そもそも環境に働き掛ける私たちとは、いったいどういった主体なのかという、別の問題意識も湧いてきました。一方、社会科学の分野では近年、環境もまた人間と同等の主体と見なせるのではないかというような、環境の行為主体性に関する議論がおこなわれています。被災者は、環境も含む意味での主体と協働することによって、災害を生き抜いていると見るべきなのではないか。こうした非人間の行為者性に関する議論の中心人物のひとりに、人類学者・社会学者のブルーノ・ラトゥールという方がいます。彼は、人間以外のものにも行為者性というものがある、それらが自ら関係性のネットワークをつくっていくのだと考えます。彼はこの「アクター・ネットワーク・セオリー」という考え方を通じて、社会や自然というものを所与のものと見なさずに、「アクターを追いなさい」と言います。

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写真5:人と環境の相補的関係

環境とのやりとり

ただ、ラトゥールの議論は難しく、誤解を招きやすい。これを理解する上では、ジェームズ・J・ギブソンの「アフォーダンス」という概念が参考になると思っています。「アフォーダンス」は端的に言うと、「環境が動物に与える意味」ということです。例えば、地面や床は、そこで休むという行為をアフォードする。垂直に立った壁は、衝突や移動の妨害をアフォードする。ギブソンの理論の革新性は、そうした環境が持つ意味が、私たちの主観や認識とは関係なく実在していると述べたことだと言われています。その意味で、環境もまた一つのアクターであるというラトゥールの理論と、かなり近いことを言っているのではないか。

こうした議論を踏まえると、人が環境に働き掛けられるというのは、環境に実在する意味や価値が私たちに与えられることであると考えられます。ただし、それが人工環境の場合は、それを作ったり、学習したりといった、私たちの環境への働き掛けによってはじめて、実在する価値や意味を認識できるようになる。私は、そういった人工環境とのやりとりが、「人が環境に働きかけられる」ことを可能にしているのではないかと理解しています。というわけで、環境を学習する、環境とやりとりする実例についての研究を紹介しようと思います。

スリランカの津波再定住研究

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写真6:再定住地におけるマイクロクレジットのあつまり

一つ目は、スリランカの津波再定住地の研究です。写真6の女性たちは、再定住地に導入された「マイクロクレジット」のための集会をしているところです。マイクロクレジットは、貸し借りのリスクをシェアするグループをつくることで融資が受けられるという、コミュニティの力を使った、貧しい人々のための金融の仕組みです。再定住地に入った直後というのは、庭にも何もなくて、食べるのにも困るというような環境だったのですが、貯蓄をして、融資が受けられるようになると、畑でイモを育てたり、漁業用ロープを作るための機械を導入したり、さまざまな生計手段が家の周りに増えていきます。

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写真7:庭に建てられた雑貨屋

マイクロクレジットを実践すると、経済的効果だけでなく、コミュニティの再生が進みます。写真8は、そうした社会関係の再編を分析したものです。マイクロクレジットのグループを介して、再定住前の関係が継続したり、新たな関係ができたりといった様子が見えてきました。

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写真8:コミュニティの再編の展開

ただ、マイクロクレジットがすべてを解決したというわけではありません。実は事前に1年間ほど、再定住地の庭の使い方をみんなが勉強していました。NGOの方々と一緒に土壌改良を行なって野菜を育てられるようにしたり、家庭ごみを再利用する方法を学んだり。こうしてお金や時間が浮き、マイクロクレジットのグループに回せるようになった。それが重要でした。この学習プロセスがあったことによって、庭や家の周りを活用するポジティブなサイクルが生まれていったのです。また活動を通じて、お互いの人となりも見えてきます。マイクロクレジットの成功の要となる人間関係の醸成という意味でも、学習プロセスは重要でした。

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写真9:2008年の再定住地の様子

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写真10:2013年の再定住地の様子

ところがこの状態から、5年後に行ってみると、驚くような変化がありました。写真9と写真10は同じ場所から撮影したのですが、草木が生い茂っています。再定住地の中にあったオープンスペースも、ジャングルに戻り始めていました。他方で、各家庭の庭はきれいに管理されていました(写真11)。オープンスペースは再定住地を手がけた海外のドナーが計画したものですが、住民たちにとっては、家の庭や漁を行う浜辺に比べれば、生存に直結していないので優先順位が低い。NGOなどがいなくなると放置され、ジャングルに戻ってしまったというわけです。

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写真11:きれいに管理された庭

スリランカの共助

ヨーロッパでは、公私の領域がはっきり分かれていて、いわゆる共助、ボランティアのような活動は「公助」に近い枠組みの中に位置付けられているのではないかと感じます。一方で日本では、私(わたくし)が個人や家族であるのに対し、公(おおやけ)のほうは国や政府といった限定的な意味で使われている。その間に広がる漠然とした領域が共の領域。「共助」が大事と言われていながら、かなりあいまいに扱われているなと思います。ところがスリランカなどを見ていると、「共助」が具体的な実践として立ち上がっている。しかもそれが、人だけではなく、いろんなモノや空間の力を借りながら、その時々、必要な関係性や共同性を立ち上げている。研究の当時学生だった僕は、コミュニティや共助ってこういうものなんだと実感しました。

一方で、再定住地の中にも、全く住まれてない場所があります。その違いは、それぞれの物理的な条件以上に、マイクロクレジットや、庭の維持管理・利用方法の学習を通して、空間や土地の意味や価値が住民に認識されたかどうかが大きい。その意味で、管理されずにジャングルに戻っていったオープンスペースは、環境への働き掛けの重要性を端的に表しているなと思います。そこにあるモノとのやりとりを通じてこそ、コミュニティが生まれている。そうしたことを強く印象付けられました。

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写真12:2020年、さらにジャングルに飲み込まれた再定住地のようす

中編につづく


構成:中村健太郎(なかむら・けんたろう)
1993年生まれ。東京大学学術専門職員
東大建築の権藤研のアカウントです。建築構法・建築生産。