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【プロレス・エッセイ】「夏の終わりのマスクマン」

 ある夏の、夏休み最後の日…8月31日のことだ。その日、近所で新日本プロレスの興行があった。オレが住む地域では、新日も全日も毎年9月頃に興行があり、会場はただの原っぱやスーパーの駐車場にリングを立て幕を張り、椅子を並べただけの"特設リング"で、メインは6人タッグマッチという…典型的な"地方巡業"だった。

 アルバイトで小金を持っていて、何度か蔵前国技館にも足を運んでいたオレは、それだけで、いっぱしのプロレス通気取りで"地方巡業"を小バカにしていたので、本当なら行くことはなかった。
 ところがこの日は、主催する地元スーパーの周年記念ということもあったのか、会場は体育館…しかも金曜日。この地域では初めてのTVマッチになり、隣町に住む3つ年下の従兄のケンちゃんと一緒に見に行くことになったのだ。

 前週のTV中継は、後楽園ホールでのシリーズ開幕戦で、週プロがスクープしたアニメキャラと思われる正体不明のマスクマン…謎の怪覆面が乱入して、放送席に座る猪木を挑発した。今週も何らかの動きがあるに違いない…。

 田んぼの中にポツリと建つ体育館の周りをうろついて開場を待つ。その間にもケンちゃんに、プロレスとは何か?ストロングスタイルとは?UWFや、蔵前で見た若手の山田選手を教え込む。
 そうこうしていると、オレたちの前に一台のワゴン車が停車した。オレたちが居た場所は関係者入口だったのだ。ワゴン車には"テレビ朝日"のロゴマークが入っている、テレビのスタッフだろうか…もしかしたら実況の古館アナウンサーかもしれない。スライド式のドアが開く。車の中から出て来たのは、赤い覆面を被った大柄の男だった。車から降りると、走り去るように足早に体育館に入って行った。
 オレとケンちゃんは、いつしか無言になっていた。なぜ正体不明の謎の怪覆面が"テレビ朝日"の車に。そうだ…運転手は、あの怪覆面に脅されたのだ、きっとそうだ、そうに違いない…。

 笹崎という新人選手のデビュー戦から第一試合が始まり、蔵前以来ファンになった山田選手のタッグマッチなど試合が進み、メインの「藤波VSバックランド」戦の前のセミの猪木のタッグマッチ。猪木が入場すると、マネージャーと思われる男に先導され、あの怪覆面が乱入してきた。
 間違いない、ワゴン車から出て来たヤツだ…おそらく、猪木を襲撃するためにこの時間までどこかに隠れていたのだ…ヤツは神出鬼没、正体不明の謎のマスクマン…。

 メインの「藤波VSバックランド」の一戦は、藤波の執拗なキーロックで30分近い試合になり、両者リングアウトに終わった。
 ケンちゃんと二人、無言のまま体育館を出て、ローカル線の駅へと向かう。風はどこか涼しく、田んぼの中から虫の鳴き声が聴こえてきた。
 夏が…終わろうとしていた。


この日、ワカマツから怪覆面の名は「ストロング・マシン」と発表される


藤波VSバックランド。のちに"長過ぎたショートアームシザース"といわれる

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