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28回目の春を迎えて

日曜日。

珍しく、10時過ぎまで眠ることが出来た。社会人になり、規則正しい生活が身についてから、休日も9時前には目が覚めるようになってしまった。休日前の夜は遅くまで起きていることが多く、必然、睡眠時間が少なくなる。早く眠ればいいのだけれど。

長く眠れていたのは、疲れていたのもあるのかもしれない。昨日、また3時間くらい練習していた。時間の割にはひどく疲れている。最近、仕事でずっと気疲れしていた所為だろうか。でも2人で3時間と考えると、なかなかハードに練習した方だ。


部屋の中には何も食べるものがないというのに、結局この時間になるまで何もする気になれず、ひたすら渋谷(虚構)を歩いていた。ここ数日アレルギー症状がひどく、天気が良いから出かけよう!という気にはならない。そもそも今日は天気が良くない。桜を観に行こうという気分でもないかな。

外を見ると、桜がすっかり満開。個人的には、満開の桜ってひどく薄っぺらく見える。満開に咲き誇る桜なら、ゲームでもアニメでも簡単に再現できる。桜の一番美しい瞬間って、花びらが舞い散る時だと思っているので。満開の桜は薄っぺらくて、地面に落ちた花びらは桜の死体。そんな感じに捉えてしまう。来週が一番綺麗かな。


Ghostwire: Tokyoは10日目。

虚構の中だけれど、本当に久しぶりにアーケードの下をくぐる。何の変哲もない店構えにはっとして、思わず写真に撮る。相変わらず、いつか見たような景色を探している。そんなことをして何になるのだろう。自分でもよく分かっていない。

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アーケードの小さな飲食店


メインストーリーの終わりが見えてきたけれど、少し遠回りをする。もう少しこの世界観を楽しんでいたい。

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都会の駅の風景すら今は懐かしい
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ここもいつか通ったのだろうか
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何の変哲もない景色が、もう二度と戻らないものに見える


そういえば昨日友人に、「塵箱にとって春って出会い?別れ?」と訊かれた。なるほど、そんな考えはなかった。つくづく自分と違う環境を生きた人の意見って面白い。自分にとって、春って別れ以外の何物でもなかったから。28回目の春を迎えたけれど、ほとんどは「別れ」で記憶されている。それでもよく考えると、「出会い」の方だった春も数回かあった。大学入学の春も「出会い」だった。社会人一年目はどうだろうか。どちらとも言えないな。春はずっと好きじゃなった。最近は4月だというのに気温が低くて、少し安心する。冬は好きだった。絶望的な気分の時、冬の寒さだけは自分側にいてくれる感じがした。


いつか書かなければいけない、記憶のことを考えていた。2020年の春のこと。「いつか」であったものが、もうすぐ書けるようになる気がする。あの季節の出来事について、語れるようになった時、今よりも少しだけマシになるような気がする。その時きっと、ここを出てゆくだろう。


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