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【毎週ショートショートnote】心お弁当

妻が作ってくれたお弁当は、すっかり冷えきっていた。
縦9cm、横14cm、高さ5cmのチタン製の箱は、保温性・保冷性に優れており、熱伝導率も低い。それにもかかわらず、表面は氷塊ひょうかいのようにひんやりとしていた。

月と街灯が照らし出す公園には人っ子一人おらず、閑散としていた。無駄に広い空間のわりに遊具はなく、点々とベンチが置いてあるだけだった。地面には、砂に混じって雪がカビのように繁殖していた。
僕は年季の入ったベンチに腰掛け、白い息を吐き出しながら、弁当箱を固定していたゴムバンドを外した。

中身は、白ご飯、春巻き、卵焼き、枝豆。
すべて僕の好きなおかずだった。
しかし、ここ数年、お弁当の中身は変わっていない。
作ってくれるだけでありがたいのでもちろん文句は言えないが、いくら好きなおかずだったとはいえ、正直飽きていた。

ライターを使い、カチカチになったご飯をダメ元であぶってみたが、当然温まるわけがなく、多少おこげが付いた程度だった。

からになったお弁当箱を見つめていると、自分の心と連動しているかのように、計り知れない空虚感が僕を襲った。
僕は一心不乱に公園の砂をかき集め、できる限り弁当箱の中に押し込んだ。


その衝撃でできたヒビから、さらさらと砂がこぼれ落ちた。


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