見出し画像

007.電柱と家賃と昔話(2/3)

 ある日電力会社から届いた通知。
”ウチがあなたの土地に立てている電柱の家賃を払いたいから、登録状況に変更があれば教えてほしい”という、よくある確認文書である。
そういえば居住地の変更を忘れていた、連絡しないとな。と思ったが問題はそこではない。
こんな場所に立ってる電柱のことなど知らないのである。

通知には電柱番号と種類、他には契約者名とざっくりした所在地が書かれているだけで具体的な地図情報はない。
電柱の所在地はK地区。ずっと同じ町内で暮らしている両親がこの地名に疑問を持ったのは当然で、ここは数十年も前に放棄された場所なのである。ここにうちが所有している土地は存在しない。
そして彼らを混乱させた理由がもう一つあった。


 数年前に他界した私の祖父は大正生まれの農家だったが、同世代の人たちに負けず劣らずの濃い人生を歩んだ。
尋常小学校を卒業後は山を越えて町の商家へ奉公に出ており、10代の頃に徴兵されて戦地へ赴き、本人に聞いた限りでも最低二回は死にかけている。夜の密林で敵兵とばったり出くわし、組み敷かれてナイフを突きつけられた経験のある人間が今の日本にどれだけいるだろうか。五体満足で終戦を迎えられた祖父は運も強かった。

帰国した祖父は同じ村の女性と結婚したが早くに死別して、二度目の結婚相手が私の実の祖母である。私の両親が混乱したのは、祖父の最初の結婚相手の出身地がまさにこの放棄された集落だったからである。

何かの手違いだろうで済むなら早いのだが、その地区に浅からぬ縁があったために話がややこしくなってきた。そもそも事情を知る人間が誰一人この世に残っていないのだ。

祖父の最初の結婚相手、その両親は自分の土地に電柱を持っていてわずかだが収入源となっていた。彼らは嫁入りの際に何かの役に立てばと娘にその小さな土地の権利を贈る。
残念なことに女性は早くに亡くなり、土地の権利は夫である祖父の手に渡る。祖父は2人の妻の気持ちを考え説明をしないまま時が経つ。
時おり電力会社から家賃が振り込まれるが少額であったためあまり問題になることもなく現代にいたる。

都合のいい妄想をひたすら膨らませるとこんなストーリーが出来上がるのだが、大正生まれの祖父母は育った時代も手伝って口が堅い。ありえそうな話に思えてきてしまう。

ここまでの想像が全て真実だったとすれば、問題になるのは
”その土地は法的に今どうなっているのか?”である。
相続絡みの手続きをする中で知ったことだが、山がちな日本の土地は測量が難しく、境界線のはっきりしない土地というのは驚くほど多い。明治時代に土地の所有登録がされたきりで正確なデータが存在しないのである。田舎の、しかも山奥の集落となればわざわざ測量して法務局に届けるような人間も滅多にいない。時おり見かける土地の境界線をめぐるご近所との争いの原因はここにある。

祖父は電柱敷地料が発生しているという地区に土地を持っていなかった。でも実は死別した妻の所有していた土地の権利は持っていて、数十年に渡って登記漏れとなっており、電力会社は土地の登記など確認しないため敷地料だけを粛々と支払っていた。こんなストーリーが出来上がってくる。

”昔のことだから”で済むなら済ませたいところだが、知ってしまった以上後には戻れない。法的な不備があるのなら申請が必要だし何よりみんなが忘れていた歴史が甦ってくるようでワクワクしてくる。
真相を明らかにするため私は現地へ向かうことにした。(続

この記事が参加している募集

#ふるさとを語ろう

13,680件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?