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時を超えたプレゼント

昨晩のお話。

夕飯を済ませた後、僕は娘と一緒にお風呂に入った。

娘は浴室に入るや否や僕には分からない娘語で歌い出した。とっても上機嫌。浴室に響く自分の声が面白いらしい。

「はい、頭洗うよー」

僕は娘の髪にシャワーをかけてやった。娘が「うわあ」と声をあげるが、気にせずシャンプー。しゃかしゃかしゃか、じゃぶじゃぶじゃぶ。仕上げはトリートメント。これをしておかないと、後で髪がキシキシになって、嫁に叱られるのだ。

髪の毛の後は身体。いつものようにまずは背中から洗おうとしたその時、僕は思わず手を止めた。娘の背中には外科手術による傷がある。もう見慣れたはずのその傷に初めて気づいたことがあった。

その傷は、動脈管開存症という早産児に多い病気の手術痕だ。

超低出生体重児として生まれた娘は、誕生した翌日手術することになった。

当時医師から聞いた説明は、およそこんな感じだ。

通常、心臓内の血液循環は、全身を巡ってきた酸素の少ない血液が左心房・左心室へ戻り、肺動脈を通じて肺へと流れる。次に肺で十分な酸素を取り込んだ血液が右心房・右心室に至り、大動脈を通じて全身に送り出される仕組みになっている。ただし胎児期の場合は、胎盤から酸素を受け取っており、肺に多くの血液を流す必要がない。肺動脈から直接大動脈へと通じる言わば近道を利用することで、効率的に酸素を取り込んだ血液を全身に巡らせることができる。この近道を動脈管と呼ぶ。通常、動脈管は生まれてまもなく自然に閉じるが、早産児の場合開いたままになってしまうケースがある。動脈管が開いたままになると、心臓に負担をかけるだけでなく、他の臓器の機能低下も招くことになる。手術方法は左の腋(わき)あたりから開胸して、動脈管を医療用のクリップで止める。

手術の後、保育器ごしに眺める娘の身体には、1cmほどの傷が刻まれていた。その傷は左の腋から背中にかけて伸びており、糸で縫合されていた。その時、「今は手のひらに収まってしまいそうな身体だから小さく見えるこの傷も、成長するにつれ大きくなるんだろうな」とぼんやり想像したことを覚えている。

出しっぱなしにしていたシャワーがザーッと音を立てていた。シャワーごしに眺める娘の身体には、10cmほどの傷が刻まれている。確かに傷は大きくなったが、思いのほか目立たないのだ。成長した娘の背中には肩甲骨が浮き出るようになっており、傷は肩甲骨の形にぴったり寄り添うように伸びている。

なるほど、こういうことだったのか・・・!

昨晩僕は、三年半もの時を超えた執刀医からのプレゼントを受け取ったような気分になった。ありがとうございます・・・!

娘はそんなことは露知らず、歌い続けていた。


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