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寝室の片隅で空想夜話

先輩がインスタグラムに読んだ本を載せていた。
それが「銀河の片隅で科学夜話」だった。
なんとなく気になりkindleストアで購入し読み始めると、すぐに魅力にとりつかれ本の世界に読み入った。
普段読書をあまりする方ではないので科学エッセイというジャンルは良く知らなかった。著者は序文で科学エッセイは売れないと謙虚な姿勢であったけれど、そんな下馬評は物ともせず売れているらしい。

先輩が評していたとおり、科学の本ということを忘れてしまうような美しい文章ということもさることながら、科学の世界がいかに不可思議でロマンに満ちているかを教えてくれる素敵な本だった。小さい頃に科学少年だった大人は童心に返り忘れていたロマンによって涙が滲む。
ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドのアマゾンのカスタマーレビューで涙を流していた人がいたが、そのことをふと思い出した。似た気持ちなのかもしれない。https://www.amazon.co.jp/gp/aw/review/B01N12HJHQ/R3HOFXJ0XCN4F4/ref=cm_cr_dp_mb_rvw_1?ie=UTF8&cursor=1

何かを終えた時の感想として、
たびたび「良い映画を見終わった時のような気持ち」などと表現するが、
あれはどんな映画を見たかによってその後の気持ちはだいぶ違うよな、などと変に批判的な意見を持っていたりする。
例えば、アクション映画を見終わったら興奮冷めやらぬ状態だろうし、美しいヒューマンドラマをみたら心が澄みきるような気持ちだろうしと、生まれる感情は千差万別な気がする。では今回はどんな気持ちになったのか。

「肌寒い夏の夜の山小屋で、一人夜空を見つめ物思いにふけながら深呼吸をした時の気持ち」になった。格好つけた長ったらしい表現だと笑わないでほしい。

ぼくは大学4年生の夏に北アルプスの標高3000m程にある山小屋でアルバイトしていた。就職の内定を辞退する決意をしていて、今後にむけてお金が必要だったためまともに山登りをしたことも無いくせに山小屋で長期アルバイトをすることに決めた。
まわりの友人は順調に就職活動を進める中、浮いていた自分はググって最初に出てきた誰かの言葉をそのまま借りたような薄氷の理論でなんとかアイデンティティを保っている時代だった。借り物の仮面という自覚はありつつもそれにすがるしか道がなかった。
山小屋で働き始めて数日が経ったある晩に、夜空を見上げて驚いた。こんなにも空には星があったのかと。下界では明るすぎて見えないが本当は星はたくさんあった。その美しい夜空を呆然と見つめている時間は、人生の憂いから僕を解き放ってくれた。その時の気持ちをこの本は再び思い起こさせた。

僕は余韻を楽しむことをこよなく愛する悪い癖がある。過ぎ去っていったものはもう手に入らないにもかかわらず長引かせようとする。例えば、映画を観たその後にレビューで自分と同じ感想ばかりを探そうとするような。

今回もご多分に漏れず残り香を必死にかき集めて深呼吸をしようとしたら、間違えて違うものを吸い込んでしまい渋い顔をすることになった。
著者がtwitterで本の書評をまとめてくれていたので、リンク先に飛んで読み始めてみたのだが、有料の書評が多く手が出さなかったせいなのか求めていた成果が得られなかった。
当たり前だが読んだ書評の文体があまりにも著書と違いすぎたため、深夜に星空を眺めているのにポップミュージックが鳴り始めたみたいになりそっとブラウザを閉じた。ぼくはIambic 9 Poetryが聴きたかったのに。
必要以上に残り香を楽しむのではなく、著者のようにロマンの香りを放つ人間になりたいものである。
その影響なのか、深夜に徒然なるまま筆をとったのであった。


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最後に本の中身の感想も少し。
本著は現代科学分野の中で著者の興味を引いた話が分野ごとに章に別れオムニバス形式になっている。全ておもしろかったが少しピックアップして締めるとする。興を削ぐと良くないのであまり具体的には書かないようにする。あとなんとなくアフィぽい感じになるのが嫌だったのでリンクは貼ってない。

第1夜 海辺の永遠
永遠は、永遠と認知するものに宿る。星や海の話が詩的で美しい。

第7夜 シラード博士と死の連鎖反応 
核兵器を生んだ博士がSF小説から着想を得た話や本当に望んでいた未来と現実の対比がおもしろい。

数理科学編(第9~13夜)
行動経済学を大学の時に学んだ自分からするとヒットする章だった。人間が獲得してきた本能と確率の差の話や、現実に沿った社会的地位のランク付けアルゴリズムからgoogleに繋がる話。多数決と17%..などなど全ておすすめ。

第15夜 言葉と世界の見え方
見えてる世界や知覚してる世界が本当は皆違うのかもしれないという一度は考えてみた事があるだろう題材が、言語差の実験によって明らかになっていく。

第16夜 トロッコ問題の射程
マイケルサンデルの「これからの正義の話をしよう」にもできてたトロッコ問題。暴走するトロッコの舵を切れるのはあなただけで、このままでは五人殺すが舵を切れば五人は助かるが一人を殺してしまう。そのような状況でどういう行動をとるかという倫理問題が、現在AIカーなどで現実の問題になっている。アルゴリズムをどういう倫理に基づき設計すべきかという問題へのデータ分析など、、面白い。プログラマーとしては読むべき夜。またハンターハンターの試験会場に行く途中で親を殺すか恋人を殺すかという二択も不完全なトロッコ問題だった。冨樫は西洋クラスターかな。。?

第19夜 アリたちの晴朗な世界、第20夜 アリと自由
人間と同じように社会を築き農業までするアリ。そこには人間とは違うコミュニケーションがあり、仲間のために己を犠牲にする姿に美しさを感じる。アリは果たしてプログラムに沿って動くだけの動物なのだろうか心はあるのだろうか。不思議とこの夜は喜劇的に感じニヤニヤ笑いながら晴朗な気持ちになった。サムライアリ怖い。

第22夜 渡り鳥を率いて
空を飛ぶことを追い続けた色盲のパイロットと、絶滅危惧種の渡り鳥の再生に取り組む博士の物語。
最後のパイロットであるリッシュマンの言葉で泣いた。また最後の夜であるこの物語で物理学者である著者が科学者らしくない言葉で締めくくるところもまた感慨深い。

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良い時間を与えてくれた全卓樹氏に感謝。


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