スポーツ選手におけるイップス(職業性ジストニア)について
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イップスとは何か。
イップスは「スポーツなどの集中すべき場面で身体の一部が極度に震えたり、硬直したりする状態」を指す。突然自分の思い通りのプレーや意識が出来なくなる症状のことである。
今まで普通に活躍していた選手が急に不調になったり、投げられなくなったり、思った方向にボールが行かない、などファン目線ではイップスではないか?と疑われることが昨今多くなってきたと思う。そんなイップスについて医学的な視点から説明してきたいと思う。
(専門家ではないし、読者に分かりやすく説明するために、かいつまんで説明するが、厳密に言うと齟齬が出るのは大目に見てほしい)
(例えば阪神の藤浪選手は一部の評論家やファンの間でイップスではないかと言われている)
イップスの分類
Smith. Mは、2000年にイップスの症状を原因論から捉えイップス症状を神経科学的視点と心理学的視点に分けて、イップスをType1 (ジストニア)とType2(choking)の 2つに分類する考え方を示した。
2つのタイプのイップスをさらに細かく説明しよう。
Type1 ジストニア
イップスを神経科学的な異常の程度として捉え、重度の異常を示すタイプである。
練習を積み重ね、熟練の域に達しているはずの動作が適切に遂行できなくなる。職業性ジストニアは、スポーツ選手や演奏家などが同一の動作を幾度となく練習することで、大脳皮質が可塑的変化を示し、関連する身体部位を支配する感覚運動野の領域が拡大した結果、感覚の混乱や動作の独立性の低下が生じ、運動障害が起こることを示唆している。
演奏家でもバイオリンで弓を扱ったりした場合に動いてはいけない指が動いてしまうことが報告されている。
Type2 Choking
主に心理的なプレッシャーが関連しており、プレッシャー下において、自己意識の高い傾向を持つ人は、低い人よりもチョーキングの影響を受けやすいことが報告されている。このように、イップスを心理的な異常の程度として捉え、重度の異常を示すタイプをType2としている。
つまり、不安や過度の緊張などの精神的な問題の関与である。ゴルフの上級者がプレー中に発症することが多かったことなどから、こちらの心理的要因による過緊張がより強調されてきた歴史がある。
少なくともこれら2つの要因が組み合わさって「イップス」を引き起こしていると考えられている。
まとめると、イップスは心理的な問題と運動異常の問題の両方が影響しあっており、一概に精神的な問題だけとは言えない。
「精神的に弱いからイップスになる」というわけでは無いのである。
ではType2と「あがり」は同じものだろうか。これもまた違う。
「あがり」とはプレッシャーがかかった競技場面において過度の緊張により、普段通りの行動ができずパフォーマンスの低下が生じてしまうことを言う。
一方で、イップスは「熟練した運動行動において細かいコントロールを行う過程で起こる不随意運動からなる長期的運動障害」である。イップスは、痙攣や硬直などの病理的な動きを含んでいることやプレッシャーがかかっていない状況(練習時など)でも発症することがある。
ここでさらにType1について掘り下げていく。
普段聞きなれないであろう、ジストニアという病気について解説していく。
職業性ジストニアとは
ジストニアはSmith,Mによって「中枢神経系の障害に起因し,骨格筋の持続のやや長い収縮で生じる症候」と定義された。
日本では日本神経医学会によって作成されたジストニア診療ガイドラインに以下のように記載されている。
ジストニアの定義(一部省略)
① ジストニアとは運動障害の一つで、骨格筋の持続のやや長い収縮、もしくは間欠的な筋収縮に特徴づけられる症候で、異常な運動(ジストニア運動)とジストニア姿位、あるいは両者よりなる。(ジストニア姿位は必須ではなく、ジストニアの本態は異常運動にある)
②ジストニアはしばしば特定の随意運動により生じ、増悪することがある。これを動作性ジストニアと呼ぶ。
③ジストニア筋活動のオーバーフロー(運動の遂行には必要でない筋の活動)を伴い、他の不随意運動を伴うことがしばしばある。
ジストニア患者の一部には職業的な要因が関与している例があり、職業性ジストニアと呼ばれている。
これは、体の一部を反復して使用する動作に従事している者に生じるジストニアであり、当該動作とジストニアを生じた部位との間に位置や動作における関連性が認められる。これらの病態では特定の動作や環境によって出現したり著明に増悪したりする動作特異性が特徴の一つである。
難しくなってしまったが、簡単に言うと「同じ動作を繰り返すことの多いスポーツ選手では、動作を行った部位とジストニアが生じた部位に関連性があり、その動作や環境によって出現したり悪化したりすることがある」ということである。
とりあえず、ジストニアは、自分の意志とは関係なく筋肉が運動を行い、スポーツ選手ではよく使う筋肉で起こりやすく、それは環境と繰り返しの動作で出現したり悪化すると理解してほしい。
決して選手たちの気の持ちようで解決できる問題でない。
治療
ではここまでの読者が一番気になるのは、イップスはどうすれば治るのか?ということであろう。
残念ながら明確な治療法はなく手探りで心理的、身体的にアプローチしているのが現状ではあるが、ある程度解説していく。
ジストニアが関与しているならば心理的アプローチだけで解決しようとしても治療は困難であり、練習を繰り返すことは逆に悪化させかねない。
発症の誘因となった作業の中止や罹患部位の安静などがあげられるが、これらのみで治癒する例は少ない。ボツリヌス治療をはじめとした専門的治療を行い、必要に応じて神経再訓練や感覚運動再調整と呼ばれる系統だった訓練プログラムを考慮すべきである。
参考までに以下にいくつかのジストニアの治療法を記述していく。
① 内服治療
② ボツリヌス治療。局所性ジストニアでは第一選択である。
③ バクロフェン髄注療法
④ 外科治療
⑤ 針治療
⑥ 理学療法
⑦ 心理療法
結論
イップスは深刻なパフォーマンスを引き起こすが、まだまだ科学的な原因の解明や改善策は明らかになっていない。
少なくとも、精神的な脆さやメンタルが弱いからイップスになるということはない。
ファンにとっては選手がイップスの疑いがあるものの、なんとか復活してほしいと思うものであり、私自身もそう願っている。
我々にできる事は少ないが、イップスに対して正しい理解と選手に対しての適切な距離感を持って、一ファンとして選手の活躍に期待したいものである。
個人的にではあるが、野球に魅了された者としてこのnoteがイップスについての一般的な理解を深めるための一つとして役立てていただきたければ光栄である。
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参考文献
・ジストニア診療ガイドライン2018 日本神経学会監修
・ジストニアの病態と治療 日崎高広
・野球選手におけるイップスの症状の特徴 順天堂大学 曾田勇気
・The 'yips' in golf: A continuum between a focal dystonia and choking. Sports Medicine. Smith,M. A.
・イップスの科学 田辺規充
・「イップス」とはどんな状態を指すのか 服部憲明
・DSM-Ⅴ アメリカ精神医学会
・苦しみ続けた体の不調 卓球引退後にジストニアと判明 朝日新聞 小堀龍之
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