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「在庫」って何だろう~在庫を知らずして経営は語れない~【『在庫管理の魔術』連載】

 ネットでも入門書でも、在庫は「店頭や倉庫などに置いてある完成品(=商品)、現材料、(完成品の手前の)半製品や仕掛かり品」と説明されています。ちなみに、細かくいえば未使用の消耗品も含まれます。
 
 ふだん意識されることは稀でしょうが、誰にとっても「在庫は身近な存在」です。たとえば、トイレットペーパーの買い置きとか、災害時用のカップラーメンや飲料水なども在庫の一種です。また、学園祭で食べ物屋さんをやったことのある人ならば、「もうすぐケーキがなくなるよ」とか「ナプキン、足りないよ」とか、接客や調理担当が焦っている声を聞いたことがあると想像します。これこそ「在庫不足」とか「欠品」であり、在庫という概念を初めて実体験する機会だったのではないでしょうか。
 
 在庫の定義については、冒頭の説明以外にも、たとえば財務会計の視点から見ると、「企業が販売や生産活動のために一時的に保管している資産」であり、財務3表の貸借対照表において「棚卸資産」として計上されます。
 
 経営の視点からすれば、売り逃し(販売機会の損失)を防ぐ安全弁であり、最適化という前提条件付きですが、コスト削減、キャッシュフローの改善、利益率さらにはROEを向上させる有力な手段となります。
 
 顧客の視点では、これも最適化という条件が必要になりますが、サプライチェーン全体がスムーズになる、言い換えると商品や原材料が滞りなく流れると、お客様に納品するまでのリードタイムが短縮化され、また欠品も減りますから、お客様が不便を被ることもなくなり、CX(顧客体験)の向上に大きく貢献します。
 
 このように在庫を管理する能力に優れていれば、いいことずくめです。しかし現実は、在庫を上手に管理できている企業は非常に少ない。その裏返しともいえるでしょうか、在庫の問題を解決することで大きなインパクト(利益改善効果)が得られます。
 
 多くの企業に共通しているのは、在庫管理が経営課題としての優先順位が低いため、経営陣のコミットメント(やる気や熱意)が低く、それが組織全体に広がっていることです。その背景には、在庫管理は地味な仕事(出世に貢献しない)、周囲も無関心(努力と評価が釣り合わない)、複雑かつ広範囲に渡るので全体を把握できない、それゆえよく理解できない(想像以上に難易度が高い)などが考えられます。
 
 また、現代の企業組織は分業を前提とした職能型組織です。在庫を担当する職能部門は、物流会社や小売業では必ず経験しなければならない仕事と考えられています、他業種の多くではもっぱら傍流と見なされています。
 
 ここで、みなさんに質問です。会計基準が定義しているように、在庫ははたして「資産」なのでしょうか。
 
 考えていただく前に、一度ピボットさせてください。トヨタ生産方式のことはご存じでしょうか。英語ではJust In Time(ジャスト・イン・タイム|JIT)とも呼ばれています。このアイデアは、トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎(「とよだ」と読みます)がイギリス留学中に電車に乗り遅れた経験から思いついたそうです。そして、このジャスト・イン・タイムをシステムとして具現化させたのが、大野耐一(おおの・たいいち)という人物です。
 
 ほかでも記していますが、ゴールドラットグループを創業したエリヤフ・ゴールドラット博士が誰よりも尊敬していた人物であり、博士に知的大ショックを与えたのが、誰あろう、この大野さんなのです。その人物像や功績は他稿に譲るとして、大野さんはこんなことをおっしゃっています。
「在庫はコストである」
 
 ジャスト・イン・タイムを確実なシステムとして運用するには、正確な需要予測の下、滞りなく、無駄なく、効率的に生産ラインを動かしていくことが欠かせません。その様は、澱みなく流れる一本の川に例えられます。ですから、在庫は会計上資産であり、時には利益調整にも使われますが、サプライチェーンの非効率を意味しており、結局はコストとなって返ってきます。ですから、実質的には資産とは言いがたい。
 
 このような考え方こそ、トヨタ生産方式の別名である「在庫を持たない経営」の所以です。フェデックスやヤマト運輸などの物流業、アマゾンやユニクロなどの小売業など、在庫は回転させてナンボの世界では、在庫の滞留はマイナス要因すなわちコストにほかなりません。
 
 時々「在庫は罪庫」と言い換えられますが、在庫には適正在庫と不良在庫があり、後者が罪庫であり、経営者はリスクとして注視せよと喚起する言葉です。ですが、リスクの語源を遡るとイタリア語の“risicare(リジカーレ)”という言葉にたどり着きます。その意味は「勇気を持って試みる」です。もう一つの語源に、アラビア語の“risq(リズク)”があり、こちらは「明日への糧」という意味です。やはりリスクはチャンスと表裏一体であり、トヨタやアマゾンの視点を持って、最適化に努めれば、利益や競争優位の源泉になりうるのです。◆


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ゴールドラット経営研究所主任研究員 岩崎卓也 いわさき・たくや
休刊寸前だった『DIAMONDハーバードビジネスレビュー』を立て直し、同誌の編集長を足掛け15年間務める。その後『ダイヤモンドクォータリー』を創刊し、編集長と7年間務め、現在論説委員。30代前半、日本でコーポレートアイデンティティ(CI)活動を最初に手掛けた元東レの佐藤修氏、当時マッキンゼー・アンド・カンパニーのディレクターの横山禎徳氏(故人)、江副浩正氏のブレーンを務めていた横山清和氏の3人から、奇しくも同時期に「1日3冊」の読書を勧められ、3年間ページをめくり続けた。その反動から、いまでは漫画をこよなく愛す。