見出し画像

第四十二景 長い間思い出さなかった話①

英語の先生が隣の女の子に音読の順番がきたことを告げる。うつらうつらしていた彼女はハッとする。その前の女の子が振り向き「ここからだよ」と教え、彼女はたどたどしい発音で英文を読んだ。

彼女を意識し始めたのはその頃だろうか。だんだんと彼女のことが気になり、教室や廊下で彼女がいないか目で追うようになった。彼女は友達の中ではふんわりとした不思議な人として見られているようだった。

人見知りだった僕は、彼女と同じ中学校の男友達からメールアドレスを教えてもらった。そこからメール交換が始まった。

数ヶ月経ったある日、直接話したことはないのに、メールで告白することになった。僕のことをよく知らないという理由で断られた。メール交換しかしたことのない相手に告白されるとは思っていなかったのだろう。

それでもまだメールでのやりとりは続いた。そこからまた数ヶ月経ち、再度告白をした。数日考えさせてくれとの返事がきた。数日後付き合うことになった。

初めて直接話をしたのは学校の帰り道だった。顔を見ずにやり取りする時は、饒舌なのに顔を合わせて話をするとなると、途端に無口になる。学校からの駅までの帰り道の数分間でさえも重苦しい沈黙が流れることが多かった。

そんな日々が続いたが、メールではしっかりコミュニケーションを取っていた。

関係が急発展したのは、修学旅行だった。友達にそそのかされて、ホテルの部屋に彼女を呼ぶことになった。友達を他の部屋へ行かせ、それと同じくらいに彼女が部屋に入ってきた。

誰にも見られていない空間で二人きりになるのは初めてで、赤面するほど緊張した。ほっぺにキスをして、くちびるにもキスをした。勢いのあまり、押し付ける感じになってしまい、くちびるの上から歯に当たった感触がした。

僕の地元のお祭りで花火を見ることになり、小学校のブランコに座って、夜空を見上げた。色鮮やかな火花を見て、「きれいだね」とつぶやき、会話をする訳でもなく、ただ眺めていた。

会話の先を急かすこともせず、焦らずにほんわかしている彼女の空気感が好きだった。

この人とずっと一緒にいたいと思ったけど、口には出さず、ただ心の中で願うだけだった。足元がかゆくなり、気づいたら蚊に刺されていた。それを伝えると、彼女の屈託のない笑い声が聞こえて、幸せな気持ちになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?