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第八十一景

とてつもなくキスがしたい。最後にしたのはいつだろうか。おそらく4ヶ月くらい前のことだろう。僕がしたいのは付き合い始めの何かが起こりそうなキスではなく、ある程度、関係が深まったあとの日常にする軽いキスのことだ。分かるだろうか。いや自分でも何を言っているのかよく分かっていない。

例えば、起き抜けのキスや、いってきますのキス、おかえりなさいのキス、おやすみのキス、そんなのが当てはまると思う。そのあとに何もしなくていい。ごく普通のくちびるをちゅっと合わせるだけの本当に軽いやつでいいのだ。自分でも何を言っているのか、本当に分からない。

これを元嫁にしようと思ったことがある。朝起きた時、目が開くのを待って、キスをした。すると全力で顔をしかめ、全力で手でくちびるをこするのだ。まるで汚いものに触れたのが嫌なように。くちびるについた汚いものを落とすのだ。

こんなこともあった。料理や何かの作業中に隙を見て、くちびるにくちびるを合わせる。すると彼女は卒倒する振りをして、ぺっぺっぺっぺとする。えずく振りをする。そして全力で殴ってくる。普通に痛い。鬼の形相で殴ってくる。

でもいつしかこれが当たり前になっていた。それでも僕は分かって、この一連の動作をする彼女を楽しむために、いつだってそうした。ゲラゲラ笑った。ただの一種のコミュニケーションに変わっていた。

そんなようなキスがしたい。こういうような関係に至るまでは、すごく時間がかかる。お互いの好きなところも、嫌いなところも、それでいいやと思えるまで。それにはすごく時間がかかる。

頭の中ではそういった記憶が渦巻き、一時はその世界に戻れた気にもなるけど、目を開けるとキーボードの上で手が動き、画面に文字がただただ打ち込まれているだけなのだ。

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