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第四十五景 長い間思い出さなかった話④

配属前に同期の顔合わせで飲むことになった。その帰り道、同期の女性に腕を掴まれ、腕を組む格好になった。彼女がいたので、どきまぎしたがそのままにしていた。

それがきっかけになり、次第にその女性のことが気になるようになっていった。単純な僕は、自分の性格を呪った。それでも想いを抑えきれずに、同期の女性とLINEでやり取りを重ねた。

環境が変わるのは恐ろしいことで、今まで当たり前にしていたことが出来なくなり、どこか別世界に紛れ込んでしまったように感じた。魔が差すとは紛れもなくこのことだったのだと思う。

あるタイミングで同期の女性と体の関係を持ってしまった。自ら板挟みになった僕は、そのあとは付き合っていた彼女と肉体関係を持たなくなった。ある種の罪悪感があり、もうしてはいけないと自分に言い聞かせた。

風邪を引いたと嘘をついて同期の女性と会った。その日の翌日には家まで来て、僕の好きなジュースを差し入れてくれた。彼女は徹底して優しかった。反対に僕は惨めな気持ちでいっぱいになり、いたたまれなくなった。自業自得だった。

同期の女性と関係を持つ前に、彼女と旅行に行く計画をしていた。加賀の山中温泉の宿の部屋に着くと、誕生日プレゼントを渡された。僕に似合いそうなセンスの良いニットのセーターだった。

運転の疲れもあってか、ふたりで住んでいたころと同じように、ベットで向かい合って昼寝をした。夕ご飯を食べ、温泉に入ると、彼女の膝に頭を乗せ、耳の掃除をしてもらった。

耳の中から、イヤフォンのかけらが見つかり、昔のように笑い合った。当然そういうこともするだろうと思っていた彼女の誘いを頑なに拒否した。

欲にまみれて成り下がってしまったからには、彼女を汚すわけにはいかなかった。彼女は悲しそうな表情を浮かべたが、納得しそのまま眠りについた。

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