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紅茶

ふと眺めていると、目の前に座る女は、カップに入った紅茶を飲んでいた。つられて手元にあったカップを持ち上げ、口をつける。すっかり冷え切った中のそれは美味しくも不味くもない、ただの口を潤すだけの液体になっていた。カップを置くと「かちゃん」と音がして、目の前の女はびっくりして身体を動かしたように見えた。視線をその女の左斜め上に向ける。窓が見当たらない正方形の部屋の中には、女が座る椅子ともう一つの椅子と茶色い丸いテーブルと、その上に乗っかったカップが二つと人間が二人。女は虚ろな目をしている。その虚ろな目で真正面を注視している。ただ注視している。何かを話そうとした瞬間に口の中から何かが溢れるような気がして、舌で左奥歯の手前の歯の辺りを探った。その瞬間、舌によって押し出されるようにして、何かがぽろっと取れた。手のひらを口の前に持っていき、それを吐き出すと歯だった。それを拍子に前歯、奥歯、色んな部分の歯が動き出すような錯覚に陥ったが、それは事実だった。抜けた歯で口がいっぱいになり、やがてあふれ出した。目の前の女は何事もなかったかのように、また紅茶に口をつけた。

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