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第四景 苦い汁を生み出してしまった話

僕はビールが好きだ。飲むのはもちろん好きだが、飲むだけでは物足りなくなってしまい醸造まで手を出そうとした。

しかし、ここ日本ではお酒を作る事は禁止されている。アルコール度数1%以上がお酒にあたるそうだ。それ以下ならいいらしい。

というわけで、早速何が必要か調べ始めた。ざっとこんな感じだ。

麦芽、ペレットホップ、イースト、寸胴鍋、温度計、発酵容器、エアーロック、炭酸用のペットボトル、おたま、洗濯用のネット、消毒用のアルコールスプレー。

丁寧に作るなら、他にも必要なものがあるかもしれないが、とりあえず僕はお試し感覚だ。

これよりも簡単に作れるキットもあるが、僕はフルマッシングという方法で作ってみたかったのだ。無駄に凝り性な性格だ。もちろんアルコールの度数が違反にならないように量は調整した。

ネットで注文し、数日後には全てが揃った。それまでに作り方を貪るように読み、調べ、大体の事は頭に入れた。仕入れた情報からはじき出してみたところ5~6時間はかかるらしい。台所は家族が使う時間もあるので、休みの前日の夜中に作る決断をした。

ざっくりの作り方はこんな感じだ。

①麦芽をお湯に浸し、甘い麦の汁を作り出す。(マッシング)②作り出した汁にホップを加え煮込む。③発酵容器に②の汁を入れ、イーストを入れ1~2週間、発酵させる。(一次発酵)④発酵容器から炭酸用のペットボトルに入れ、更に1~2週間そっとして置く。(二次発酵)⑤飲む

当日。まずひとつの事に気づいた。とても眠い。先が思いやられる。それでもワクワク感が勝り何とか作り始めた。

最初にすることは、水を沸かし70度前後のお湯にする。プロテインレストというのがあるらしいがそれは無視した。

次はマッシングだ。これは麦芽から糖を取り出す作業だ。糖がとても大切だ。これがないとアルコールと炭酸ガスを作る事が出来ない。先ほど沸かしたお湯に麦芽を入れた洗濯ネットを放り込む。本来ならそれ専用のバッグがあるらしいがこれも無視した。

面倒な事に60~70度の温度でないと、イーストが分解できる糖を麦芽から取り出せないらしい。細心の注意を払い、中をかき混ぜなら、コンロの火を点けたり消したりする事90分。

大体の目安時間がきたので、洗濯ネットを取り出し、手で絞り、更に沸騰させた。手にいろいろな菌が付いているだろうが、煮沸するためこれも無視した。①の作業が終わった。とても眠い。どことなく甘い香りがした。

沸騰してブクブクしてきたら、ペレットホップだ。30gほど入れた。煮込めば煮込むほど、苦み成分が溶け出す。しかし香りが飛んでしまうらしい。入れた瞬間からビールらしい匂いがした。蓋をせず、これでもかというくらいブクブクさせた。

90分後。時間だ。本を読みながらうとうとしていた。途中祖父が起きてきて、家の庭にある池が湧き上がった夢の話を大声でしていった。意味が分からなかった。

香り付けにペレットホップを更に30g追加した。煮込み終わったタイミングで入れるとホップの香りが際立つようだ。本職の醸造家も使う手法だ。なんとなくプロっぽい事している自分が誇らしかった。ここで②の作業が終了した

眠い。発酵容器に入れる作業だ。と、その前に冷やさなければいけない。20度くらいにしないと、入れたイーストが死んでしまう。イーストは生きている。大き目の桶に水を張り、氷を入れ、鍋ごと入れて、更に水を迸らせる。

30分後。冷えた。やっと冷えた。鍋の中身を発酵容器に移した。本当は濾してから移した方がクリアに仕上がるらしいが、眠くて無視した。そもそもする気はなかった。勢いのあまりちょっとこぼした。③の作業が終わった。深夜2時だった。

翌朝。あとは待つだけだ。発酵容器に取り付けたエアーロック(分解して出来たガスを外に逃がす)がボコン!ボコン!といっていたので、生命の鼓動を感じた。とても愛おしい。待ち遠しい。

10日後。音がしなくなっていたので、死んでしまったのかと思ったが、発酵が終わるサインらしい。コックをひねり、砂糖(炭酸ガスを汁に溶け込ませる役割)を入れたペットボトルに注いだ。④の作業が終わった。

更に10日後。待ちきれずグラスに注いで飲んだ。ちょっとシュワシュワした。でもとても不味い。ただの苦い汁を生み出してしまった。⑤の作業が終了した

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