はじめての
「あんたねえ、はっきりしなさいよ」
短く切りそろえた髪、日に焼けた肌。
恐らく運動系の部活をしているだろう。
健康そうな容姿がそれを証明している。
快活ではきはきしたしゃべり方も、いかにも体育会系という印象を与えた。
そんな彼女から強い口調で言葉を投げかけられた細身の青年。
黒いフレームの眼鏡をかけ、髪はぼさぼさ。
色白で簡単に折れてしまいそうな細い手足。
何から何まで彼女とは正反対だ。
「でもぼく、こういうこと初めてで」
「は?」
「女の子と2人で車に乗るってことが……」
消え入るようにぼそりと青年がつぶやく。
彼女は見せつけるように大きくため息をついた。
そのため息を聞いて、青年はますます身体を萎縮させた。
「予定とか立てなかったの? これからどうする気?」
呆れたように少女が尋ねると、青年は彼女からの視線を避けるように風景に目をやった。先生に叱られてバツが悪くなった生徒のようだ。
彼女のことを車に乗せたはいいが、それからどうしようとは具体的に考えていなかった。
こんな無計画に行動を起こすということは、彼にとって非常に稀なことである。引っ込み思案のため、考えに考えた末に止めてしまうことも少なくない。
「普通さぁ、どこに行くかとか考えるでしょ? 何? あたしに決めろっていうわけ?」
「えと、その……」
「あ~、もうはっきりしない! 一緒に来たあたしが馬鹿みたいじゃない!」
彼女は再び大きくため息をつき、手で顔を覆った。
青年はおどおどしながら、必死にどうしようか考えている様子だった。
そんな彼の様子を横目で見ながら、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。どうやら何か思いついたようだ。
「ねえ」
彼女が声をかけると、青年は身体をびくっと震わせ「はい」と返事をした
どちらが年上なのかわかったものではない。
恐らく彼女は高校生、彼は20代後半。
年上の方が明らかに緊張している。
「こういうときってさ。普通することあるじゃない?」
そういって彼女はニコッと彼に微笑んだ。
その笑顔に圧倒されて彼はごくりと唾を飲んだ。
「あの……なんですか?」
彼にも思い浮かんだことがあったのだが、あえて言わずに尋ねることにした。下手なことを言って、彼女を怒らせるわけにもいかない。
「もうっ。わかってるくせに」
彼女の発した甘えた声は彼の緊張を高まらせた。
次に彼女が何を言うか想像できた。
「あんたと、あたしの関係考えれば分かるでしょ」
そう言ってニコッと白い歯を見せた。
「身代金」
彼女は自分のスマホを彼に差し出した。
「まずは、あたしの身代金を要求しなくちゃね」
楽しくてたまらないといった感じで、彼女はふふと笑った。
そんな彼女の様子を見て、男は馬鹿な考えを思いついた1時間前の自分を恨んだ。
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