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父の作戦その2

我が家に電子レンジがやってきたのは私が6歳(昭和42年)の時であった。

当時、電子レンジはまだまだ一般家庭には普及していなかったらしく、
またその機能についても様々な噂が飛び交っていた。
例えば健康によくない説。
これは電子レンジから飛ぶ電磁波が身体によくないというものである。
だから我が家では『スイッチを押したら直ちに電子レンジの前から離れること』は鉄則だった。
そしてそれは家族みんな本気で取り組んでいた。
いやはや今思うとそれはなかなかヘンな動きかと思われる。(笑)

それにしてもまだそんなよくない噂も飛び交う中、なぜ父は電子レンジを買ったのか。
そのことについては後に判明する。

さて、そもそも電子レンジの機能とは何なのか。
それは『温める』ことである。
今ではその温め方には『焼く』とか『蒸す』も加わり多機能のものもあるが当時はごくシンプル。温めるのに必要なメモリ(秒)のところまでダイヤルを回してスイッチを押すという単純なものであった。
そして我が家にやってきたのは当時の最先端『ターンテーブル付き』である。
回ればムラなく温まる。
そして中が見えるので安心でもあった。
今では当たり前のこの機能だが、当時はその1つ1つが感動ものだった。
「へぇ~ほぉ~こりゃすごい!」
まさに昭和30年代の三種の神器「テレビ」「冷蔵庫」「洗濯機」の次の時代の到来でもある。

さて我が家にやってきたこの電子レンジの一番の使い道はといえば・・・
それは『お酒のお燗』
というのも父が家で夕飯を食べる時には、必ず夫婦揃って日本酒を嗜むという習慣があったからだ。
そして父はお酒の温度に好みがあった。
なので電子レンジがやってくる前までは、父の好みの温度にするにはひと手間必要だった。
一番大きなやかんに徳利をいれてお湯を沸かし、徳利の中の温度がちょうどいい頃を見計らってやかんから徳利を取り出す。火傷をしないようにタイミングよく。
ただし時折調節が上手くいかずやり過ぎて熱々の熱燗になったり。
また早く出し過ぎてぬるくてまた戻したり。
なかなか好みの温度でお酒を飲むのは容易ではなかったようだ。
それが・・・
電子レンジがきてからというもの、あら便利。 
一定のダイヤルに回せばいつでも好みの温度でお燗ができちゃうのである。
いやはや当時としてはかなり画期的なこと、面倒なことはしなくていいし、しかも時間の短縮にもなるし。お酒が飲める母にとっては、好都合なことばかり。
電子レンジさまさまである。
そして・・・このお燗、これはいつしか私が担当することになっていったのである。
「安子ちゃん、悪いけどお酒チンしてくれる?」
今でも耳元で母の声が聞こえる(笑)

さて我が家に電子レンジがやってきて、その扱い方にも大分慣れてきたころ、
父は私にボソっと言った。
「安子、パパとママはちょっと旅行に出かけるけどいいか?」
当時、私はとても聞き分けのいい子で、いや・・・・なかなかイヤとは言えないタイプだったので、おそらく『うんいいよ』と言ったのではないかと思う。
本当は心の中ではかなり動揺してたであろうに。。。グルングルン

とにもかくにも細かいことは覚えていないにしても、一人で何日間か過ごしたことは覚えている。
特にはっきり覚えていることは次の2つ。
1.冷蔵後の中の棚には日付入りの食べ物が置いてあったこと。
1.毎日夜8時になると父(母)から電話がかかってきたこと。

まさかこのことのために我が家に電子レンジがやってきたって?
やられた~仕組まれた~(汗)

私が父と過ごした時間は14年ではあったが、今でもはっきり覚えていることは多々ある。
なぜか。
それはもしかしたら彼は私に体験させる場をたくさん作ってくれたからかもしれない。
経験したことは刻まれる。
いいも悪いもかもしれないけど。
それでも自分にとってこやしとなっていることは多くある。

『ひとり暮らし~6歳デビュー安子ちゃんの1日』

・朝は7時に起きて歯を磨いて着替えてカーテンを開ける。
・トースターで”チン”したパンを食べて学校へ行く。
・学校から帰ったらいつものようにピアノの練習をする。
・その後宿題をやったり、テレビをみたりして過ごす。
・夕飯の時になったら、冷蔵庫から今日の日付のものをだして電子レンジでチンして食べる。
・夜8時、父(母)から電話がかかってきたら今日あったことを報告する。
・お風呂を沸かして入る。
・全部のカギを閉めて寝る。

私たちは『マネ』から学習するらしい。
特に子どもは身近な親をマネして身につける。
誰かがやってくれてたとしたら、、、やらないかもしれない。
でも誰もやってくれなければ、、、自分でやってみてわかることもある。

仕掛け人 父に乾杯!



                             

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