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指輪買っちゃったの

せっかく女に生まれたのだから一人位は子どもが欲しい。でも・・・
最近の私は人生においても仕事においても「意味」を見つけられずにいた。

毎日が何となくもんもんとして過ぎていく。仕事はそれなりに評価も受けているし、傍から見れば順調にみえるかもしれない。でも毎日がピンとこないのである。

そして時々起こる疑問。「私が働く意味って何だろう?」

せっかく授かった子どもの命を失ってから3カ月。心の痛みは少しずつ萎えてきたものの何かが違う。私はずっとこのままでいくのだろうか。子どもはまた授かるのであろうか。でもできたらできたで仕事は続けていけるのか。子育てしながらも仕事をしたいからこの仕事を選んだのではないか?

それより夫は本当に子どもを欲しいと思っているのだろうか?もしかして本当はよかったと思っているのでなかろうか?思えばあれから夫とのコミュニケーションがどことなくぎこちなく感じる。夫婦なのに言いたいことが言えていない。どことなく遠慮さえ感じる。これが夫婦と言えるのか?

夫婦って何なのか? 一緒にいる意味ってあるのだろうか?

頭の中の”もんもん”はどんどん展開していく。ただしいつも最後に行きつくところは同じ。
今更元には戻れない。一人残してきた母親に心配をかけるわけにはいかない。
結局何一つ答えが出せないまま、私は毎日毎日、会社に通っては家に帰る「作業」を繰り返していた。

仕事が終わって駅に向かう時間は、夜の八時を過ぎた頃。 家に帰るというのに、足取りが重い。また明日、この駅のこの改札を抜けてここに来るのだ。一体この生活はいつまで続くのだろうか。

答えを出せずに私はこうしていつまでこの悩みの渦の波に飲み込まれているのか。改札が見えると、足も心もさらに重くなっていた。

同じ改札、同じ電車。グルグル回る同じ悩み。
じゃあ、「同じじゃない」毎日はどこにある―?
そんなことを考えていたら、ふと反対側の改札口が見えた。

もう一つの改札口の向こうは、貴金属の卸業者が軒を連ねる問屋街。夜九時の閉店に向けて、店じまいを始めている。いつもの改札をすり抜け、反対側の改札を出て歩き出した。何のあてもなく、ただ歩いていた。問屋だけあって、多くの宝石がひしめきあって並んでいる。キレイだなと眺めているうちに、昔、父が母に12ヶ月の指輪をプレゼントしていたことなどを、ぼんやりと思い出していた。

その中で一つ、目を惹く指輪があった。もう少しよく見てみたいと思い、閉店間際のその店に聞いてみたら、ちょうど一般小売もやっているとのことで、店内に入れてくれた。ケースの鍵を開けてもらって指にはめてみる。指輪が欲しいと思っていたわけではないのに、なぜか気になる。
値段を聞くと、ちょうど当時の月給分。
「今、会社を辞めたら買えない。」
「辞めるのは簡単。でも、継続は力なりって部下に言ってるのは私」

「でも、本当にこれが欲しいの?」
「早く決めないと、お店に迷惑がかかる」・・・・・
どうするのか、私は何をしているのか。

またグルグルと波に飲まれていく。

「ちなみに、今日限りなんですよ。一般のお客さまへのサービスデーが」
という店員さんの声が遠くに聞こえる。
自分自身に問いかける。

「で、どうしたいの? 買いたいの?」
「で、どうしたいの? 変えたいの?」

「買いたい」が「変えたい」に変わっていく。

買いたいかどうかはわからなくても、「変えたい」ことだけは分かっていた。
思わず、口をついて出た。
「あの・・・、現金はないんですけど、クレジットで買えますか?」
買ってもすぐには指輪をはめられず、しばらく家に飾っていた。

魔法の指輪を買ったわけではないから、特に何かが劇的に変わったわけではない。

でも、「買っちゃったから、とりあえず一ヶ月は働こう」と決めることができた。心を決めたら、少し足取りが軽くなったような気がした。悩みの波が押し寄せるスパンも長くなったようだ。相変わらず答えは出ていない。でも、悩みの波に飲み込まれることだけはなくなった。

それだけで、そのときの私には十分な「変化」だった。

一ヶ月経って、カード払いの引き落としがされたとき、初めて指輪をはめた。小さな宝石の輝きが、新たな光をもたらしてくれそうな気がした。
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思うこと、、
ぐるぐると悩みの渦に巻き込まれている自分に気づいたとしても、なかなか自分の意志で頭や心を変えるのは難しいことがあります。
そんなとき私は、いつものパターンにちょっとだけ新しい風を吹き込むべく、寄り道感覚で違うことをしてみます。例えば、駅までの道順を変える、改札口を変える、乗る電車を変えるなど。努力をしないですむ程度の行動を変えることで、風向きがかわることがあるようです。
特に私は、「見える景色」が変わると、もれなく気分も変わるということがあります。
このときは、ふとした寄り道から月給分の指輪を買うという行動に至りましたが、その普段、衝動買いなど全くしない私にとっての「事件」が、「解決」には直結しないながらも、次への「変化」は起こしました。

この時の私が欲しかったのは、「解決」や「回答」よりも「変化」だったのかもしれません。
反対側の改札口と指輪が、それをもたらしてくれました。

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