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先住民のデータ主権について考える『AI NOW 2019 Report』抄訳

内容を3行で
・巨大なテクノロジー企業が世界に広まる一方で、データ活用の主体を地域社会が担う仕組みを求める動きが現れている
・世界各地の先住民族のコミュニティが団結し、自分達の文化遺産についてのデータ管理権を保証するための仕組みを作りつつある
・こうした動きは、データについての今後の認識そのものを変えていく可能性を持っている

人工知能の社会的意義を研究するための機関であるAI NOW、その2019年版報告書の一部を抜粋して訳したものです。

報告書全体のトピックは多岐にわたっており、本稿で扱うものはそのうち、地域社会でのデータ管理権を求める運動について書かれた箇所です。

自分の勉強を兼ねて訳したものなので、誤訳などありましたらご指摘ください。

原文:https://ainowinstitute.org/AI_Now_2019_Report.pdf
以下、訳文

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「データ植民地主義」からコロニアルデータへ

「データ植民地主義」の抽象化とコンテクストの消去

「データ植民地主義」と「デジタル植民地主義」は、学者や政治家、そしてAIの有害な使い方を批判する団体の間でよく使われるメタファーとなった。この場合の植民地主義とは一般的に、テクノロジー企業と人々の間にある搾取関係を説明する用語として、さまざまな政治的目標の達成を目的として使われている。

たとえばヨーロッパでは、「デジタル主権」を訴える支持団体がこの用語を使っている。デジタル主権とは、コミュニティが主体となる非中央集権型のデータガバナンスの仕組みを目指す運動である。インドでは実業家や政策決定者から、シリコンバレーの大手テクノロジー企業は「データ植民地主義者」であり、インド人のデータへのアクセスは外国企業よりも国内企業を優先するべきだという意見が出ている。

しかし、テクノロジー企業の方針を抽象的に言い表すメタファーとしてデータ植民地主義という用語を使うことは、特定の歴史、文化、そして政治的コンテクストを見落とすことにつながる上、現在のAI労働と経済構造が現実の植民地主義の歴史の産物であるという事実を覆い隠してしまう。AIがグローバル・サウス(注:アフリカ、ラテンアメリカ、東南アジアの新興国など)の各地域へ及ぼす影響についての研究は活発化しており、それによってテクノロジーやデータの背後にあるコンテクストや人間の暮らしの状況が見えるようになってきた。インドの事例で示されるように、「植民地主義」を抽象化することによって、脱植民地を目指す闘争という方便のもと、シリコンバレーと同様の搾取のロジックを使った近視眼的な経済的利益の追求を許してしまう。こうした背景があって、メタファーとしてのこの用語の活用には批判が高まっており、実際に生活している人の体験をストーリーの主題に据え直し、それによってAIの影響をダイレクトに受けるコミュニティーとの広い連帯関係を構築することが求められている。

コロニアルデータ:統計と先住民のデータ主権

データ抽象化によって起こる弊害に最前線で抵抗しているのは先住民族である。たとえば支援団体の働きかけによって、国勢調査や人口調査のやり方が殖民植民地主義的統治の中心的な特徴であること、そしてデジタルシステムに膨大な量の抽象化されたデータが集積されているという点に注目が集まった。国勢調査の実施主体による「先住民族統計」の使い方に問題があるということは、こうしたコミュニティーが直面するリソース不足の過小評価に直接結びついている。

オープンデータ運動というコンテクストにおいて、データとデータ分析についての主権と自己決定権を求める先住民族主導の運動がいくつも現れている。「先住民のデータ主権」(ID-Sov)は一般的に「国家が自らのデータ収集、保有、応用についての管理をする権利」と定義される。データ主権という用語はデータ植民地主義と同様に、データの所有権を主張する上で先住民と非先住民両方の政府や支援団体で使われている用語であるが、その歴史的、社会的、そして政治的コンテクストは大きく異なる。

こうした団体が、地域、国家、そして国際的なレベルにおいて先住民のデータ主権とデータガバナンスの課題に対処するため、新規のプログラムや組織フレームワーク、そしてデータ政策を導入してきた。2016年、米国先住民データ主権ネットワーク(USIDSN)が「アメリカ先住民、カナダ先住民、そしてハワイ先住民のデータ利用者、各部族の長、情報及びコミュニケーションテクノロジーのプロバイダ、研究者、政策決定車とプランナー、企業、サービス提供者、そしてコミュニティーの支援者を結びつけ、データの自主権、成功事例、課題とリソースについてのストーリーを共有する」ことを目的として設立された。同年、マオリ族の研究者と政府のリーダー、そして先住民族の権利の支援者が共同で「Indigenous Data Sovereignty: Toward an Agenda」を出版。これは先住民族の権利に関する国際連合宣言に遺漏があったことを受けての動きである。

先住民のデータ主権プログラムは「先住民族についての信頼性のあるデータや情報の不足、そして先住民族の知識や文化遺産のバイオパイラシーや濫用というふたつの問題」に対処することを目的としている。

支援団体はデータとデータ分析にまつわる主権と所有権のプロトコルを制定しつつある。たとえばローカルコンテクストイニシアチブの目標は、拡大を続けるデジタル環境において、先住民、ファーストネーションズ、アボリジニ、イヌイット、メティ、そして先住民族コミュニティーが自分たちの知的財産と文化遺産を管理できるよう支援することにある。彼らの提供するTraditional KnowledgeあるいはTKラベルは「先住民のコンテクスト外においてデジタル形式で流通している文化遺産の記録物について、その民族が制定したプロトコルをアクセスと利用に関して適用するためのツールとして作られた」ものである。TKラベルは、文化遺産が属する地域社会の決定に基づいてデータにラベリングを行うためのフレームワークであり、流通や交換を経ても保存される。アメリカ議会図書館は最近、旧来のメディア形式をデジタル形式に再フォーマットするにあたって、「アメリカ先住民の人々の意見や言葉の記録を復活させ保存する」ことを目的としてTKラベルを導入した。アーカイブ化の処理の他にも、ローカルコンテクストイニシアチブは「先住民が自らの文化遺産に対して本来的に有している権利を認めるという、権利と責任の新たなパラダイム」確立に向けた取り組みを行っている。この動きは、情報システム全体を、アメリカ議会図書館の例のように先住民のデータ主権ガイドラインに沿った形で再編する可能性へとつながっていく。

9月にGlobal Indigenous Data Alliance(GIDA)が設立された。オープンデータとオープンサイエンスを巡る世界的な議論を受けて設立されたGIDAは「CARE原則」を推進している。これはデータについて「発見でき(findable)、アクセスでき(accessible)、相互運用でき(interoperable)、再利用できる(reusable)」点を重視していたオープンデータ運動である「FAIR原則」が見落としていた力の格差と歴史的コンテクストまでを含めて扱える原則である。GIDAのねらいは、先住民のデータについて国際的に認められたプロトコルを制定すること、そして文化の均質化につながるオープンアクセシビリティの発想を越えた形でデータの生成、流通、応用についての価値を論じることにある。GIDAのCARE原則は全体の利益(Collective benefit)、管理権限(Authority to control)、責任(Responsibility)、そして倫理(Ethics)の頭文字から名付けられた。

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