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自己肯定感の低さと戦い続けた男。【自分語り】

わたしのことです。

今回は自身のバイブルである中田敦彦さんのYouTuber大学より「自己肯定感」の動画が出ていたので、触発されて記事にしてみます。

皆さんは何か悩みを抱えてこれまでの人生を生きてきた、という人はいますでしょうか。

悩みなんて無い、という人もいるでしょうが、
大抵の人は一つや二つはあると思います。

私は昔のことを思い返してみると
子供の頃から「自己肯定感」が比較的に低かったように思います。

私は姉、兄のいる三兄弟ですが、
姉は幼い頃から絵を描くのが好きで絵が飛び抜けて上手い、勉強も出来る。
兄も負けず劣らず絵が上手く、遊びを考えるのも好きな為、自作カードゲームを作ったり、パソコン関係の電子機器に幼い頃から詳しい、勉強も出来るという特徴がありました。

そんな中私は、いつも兄にくっついては兄が見つけた面白いことを教えてもらって自分も一緒に楽しませてもらう、という感じでした。

姉兄が得意なことを私も受け売りで真似したりしていましたが、どれも中途半端で終わってしまい、勉強も姉兄程出来る訳ではありませんでした。

そんな感じで中学、高校と進み、姉と兄は九州を出て、私は九州に一人残り親と暮らし続けました。

決して友達がいないという訳ではありませんが、特に可も無く不可も無くというフワッとした感じで学生時代を過ごしていました。
どちらかと言えば引っ込み思案であまり積極的に意見を主張するタイプでは無く、部活動や趣味でも突出した何かがある訳でもありません。
特に学生時代モテていた訳でもありませんでした。
勉強は真面目にしていましたが、自分が主体となって物事を成す経験は乏しかったと思います。

そんな私が、何か嫌なことがあって落ち込んだときによくあったのは

「何でこんなこともできないんだ、自分はダメだ、自分はダメなんだ…」

と念じるように心の中で唱え続けていたことです。

突出した特徴が無いことに何処か自分の中でコンプレックスを感じていたのか、

自分には何も無いんだ。

と決め付ける思考に走りがちでした。

要は隣の芝は青く見える、という感情だったと思います。

お隣のA君はスポーツが出来る、B君はピアノが出来る、じゃあ俺には?

という形で自身の物足りなさを感じていました。

しかしながら、何か始めてもあまり長続きしない、すぐに自分のモノに出来る程器用ではありませんでした。

そのような深層心理を抱えたまま過ごしていましたが、学生時代はそれ程それがネックになった訳でも無く、

就職活動を機に、私の自己肯定感の低さが初めて壁となり私の前へ立ちはだかる

ことになってしまいました。

企業面接にて自分の価値をアピールする、という土壌にて、

自己を分析すればするほど、

あれっ、そういえば俺って、何にも無い…。

という思考に嵌まり込み、有効求人倍率は回復基調の時代でしたが就活は苦戦、徐々に長期化自信喪失、両親に泣きつく程になってしまいました。

そんな状況下で私の精神的支えだったのが
初めて正式に付き合った彼女。

それが足元の緩い私のメンタリティーを支える唯一の柱でした。

そして何とか不動産営業として内定を頂きました。

色々ありながら、入社後もガミガミ怒られ続ける毎日。

ある時、一人の先輩から、

お前、人としての魅力無いよ

とボソッと言われたことを機に、一気に私を支える柱は崩壊していきました。

まず、遠距離となっていた彼女に振られました。

毎日が憂鬱になり、営業に向いて無いと思って休みの日にボサボサの髪の状態で職業相談所に言ってみたり、精神科に行って症状が無いか確認してみたり…

私が精神科に行った時、ドクターから何個か質問を投げかけられました。
何を言われたかあまり覚えていませんが、物事のやる気はあるかどうか、自分が好きか、みたいな心理テストのような内容だった気がします。

そんな数個の質問で、
「貴方は鬱の症状の疑いがあります」
ということで薬を出され、
言われるがままに私は受け取りました。

薬の説明を読むと、副作用の可能性がある、と記載があったので不安になり、電話で地元にいる母に相談しました。

アンタの身が一番大事だから、必要ならば飲みなさい

と言われましたが、そこから私は思いました。

そんな数個の質問で病気だと判定される位なら、何処までが健全で、何処からが患者となるかなんて線引きは意外と曖昧なんだ。

薬の副作用で悪影響が出るくらいなら、自分の気持ち一つで変えられるのなら、変えたい。

ということで動き出すことを決意し、
転職活動に励みました。

運良く別の会社に内定を頂き、当時の上司に辞意を伝えてキツく言われましたが、
結局は気持ちを変え、グループ会社に配置転換となり今に至っています。

異動した後も、決して楽な仕事では無く苦しいことは沢山あり、その都度落ち込むことは多かったのですが、日々を過ごしていく内に気持ちの変化がありました。

世の中、そんなに自分のことなんか気にしていない

ということ。

今まで私は、周りの期待に応えたいばかりに、自身のハードルを上げよう上げようとしていました。

要は、必要以上に周りのことを気にしてしまい、必要以上に焦り過ぎていたのです。

私は学生時代の頃は真面目で先生には「優等生だ」と好かれることが多かったので、その延長線上で社会を見ていました。

配属先の上司に見捨てられないように、期待に応えようとしていました。

ただ、営業成績で評価が決まる風土なので、いつ見切られてしまうか、その不安にいつもヒヤヒヤしていました。

ただ、私は不器用なので、新卒一年目の若造にとってはそう簡単になかなか上手くいきませんでした。

今考えたら

そんなことどうでもいいのです。

会社にとっては、私が辞めたら次の人材を募集するだけ。

新卒は即戦力にならなくて当たり前。
年数が経っても上手くいかなかったらその職場と合わなかっただけ。また次の所に行けばいい。

ちょっとでも既存のレールからはみ出てしまえば、「全て終わった…」と如何に今まで思っていたかということです。

周りを見渡せば自分より一回り上のオジサンでも簡単なことで怒られています。
それでも持つ家族があるからどうにかしてでも前に進むのです。

自分は所詮、ちっぽけな存在でしかないとか 考えたら、

ちっぽけなりに幸せになる為に、出来る所まで足掻いてやる

とそういう思考になりつつあると自分は感じています。

若い頃は理想を追い求めると言うものです。

成長する為にそれは大事なこと。

ですが、いざ社会に放り出されると周囲のギャップに違和感を感じます。

そして社会を知っていく毎に
「如何に自分は無力か」と感じさせられるのです。

そんな中で自分は何をするか、ということ。

そこから立ち上がる迄には私は少し時間を要しましたが、それこそが成長過程であると今では感じます。

私は、過去を振り返ると
あまり取り柄もなかったなぁ、と一瞬思ってしまいますが、よくよく思い出せば今でも付き合いのある友達がいて、彼女もいて青春謳歌した時もありました。

落ち込むと、全てをマイナス方面に捉えがちになってしまいますが、気分が回復すれば自分が今まで見えてなかったものが見えるようになります。

そうしてそれが、私自身の「自己肯定感」を少しずつ形作っているのだと思います。

私はもう、ちょっとしたことで折れる人間ではない、と今では胸張って言うことが出来ます。

ポジティブな人に人は寄ってくる。

誰しもそう思っていますし、私もそうだと思っていますが、

ネガティブ思考もある程度は大事です。

ポジティブ過ぎて暴走してしまい痛い目を見ないよう、歯止めをかける為にネガティブ思考は自分の中で存在していれば良いと思います。

頭では分かってるけど、
本気で落ち込むと「自分が一番不幸だ」なんて思っちゃう人いますでしょうか。

そんな訳無いのに。

でも、すっごく分かります。

そんな人は世の中に沢山居るはずです。

そう思った上で、明日を生きて行けばいいんじゃないかなと思います。

ここまでお読み頂きありがとうございました😊

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