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18_ひだりてみぎて -天満温泉(別府)-

 今年は例年より早く梅雨入りした。
 まだ五月中旬というのに、空の色は濁っている。海沿いを走る国道10号線の方から、境川沿いを鶴見岳に向かって登っていく。川沿いの桜並木は、あっという間に春の知らせを告げて散り、若緑の葉ヶ生い茂っている。あたりのシロツメクサもぐんぐん伸びる。石垣道路を横断し、小道に入って少し進むと、一角から人の声が聞こえてくる。お風呂上がりのおばあ様たちが団らんしていらした。
 
 番台さんは席を外しているようで、そこん戸のところにお金を置いていきない、おばあ様のおひとりが声をかけてくださった。引き戸の奥に200円置いて、入湯印を押す。手前のカウンターには組合員の方々の湯札が何枚も並んでいた。


 天満温泉。塩化物泉。ジモ泉。男湯は右側の壁に棚が並び、左手側が浴室で何とも開放的な空間だった。鮮やかな水色のタイルが敷き詰められた楕円形の浴槽は、他のジモ泉と比べてもやや大きい。夕方手前の時間だからか、地元の方々でひときわにぎわっている。ざっと7〜8人はいるだろうか。あいさつすると、気づいた方があちらこちらから返してくれた。
 
 
 服を脱ぎながら、浴槽の周りを見渡す。どこに座ろうか、自分の居場所を探してみる。
 
 ジモ泉のほとんどは、シャワーなどは設置されておらず、身体を洗うときは直接浴槽からお湯を汲む。そのため、みんな浴槽に沿うように座っている。ちょうど一人分の隙間を見つけた。石けんの混じるお湯に足を取られぬよう、そろりそろりと慎重に歩く。目の前のおじ様に背を向けるのは無礼な気がして、向かい合うように腰かけた。
 
 お湯をすくおうとしたときに、利き手とは逆の左手で洗面器を扱わなければいけないことに気がついた。これまでは自然と右手ですくえる場所に座っていたからか、全く意識していなかった。普段しない動作はどこかぎこちない。最初は左手だけで頑張るけれど、やっぱり利き手じゃないと上手く体や頭全体にお湯をかけられない。結局、左手ですくった洗面器を一度右手に持ち替えてお湯をかぶる。ジモ泉で両利きの人をうらやましく思うとは、思わずくすっと笑ってしまった。
 
 天満の湯はじんわり熱い。全身にお湯を浴びたときにビクッとした瞬間を、目の前のおじ様は見逃さなかった。兄ちゃん、あついかい。ちょっと熱めですけど、少しずつ慣らしていきます。そうかい。石けんのように真っ白な会話が流れるお湯に溶けていく。


 髪も身体も洗い終え、のんびり湯船に肩まで浸かる。この頃には湯加減にも慣れていた。
 
 少し経つと、小学校低学年ぐらいの男の子とおじいちゃんがやってきた。市内のスーパー銭湯や旅館の浴場で子どもの姿を見たことはあったけれど、ジモ泉でははじめてだった。少年は手慣れた様子で湯をすくい、からだを洗う。別府の子たちは親や祖父母に連れられて温泉文化を覚えていく。
 
 子どもの温泉名人が大勢いるのもうなずける。


※2021年5月


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