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53_赤と青 -祇園温泉(浜脇)-

 朝見川と鮎返川を結ぶ橋を渡って少し進むと、共同温泉が見えてくる。脇のほうに邪魔にならぬよう、自転車を止めると、目の前にも橋があることに気づいた。橋の中央まで歩いてみるが、自転車と人が行き違うのは厳しい細さだ。川側から見ると、共同温泉は朝見川沿いに建てられているのがわかり、川に向かって温泉が流れ落ちている。川からは白い湯気が立ちのぼる。


 番台さんに100円渡し、左奥の扉をくぐる。祗園温泉。単純温泉。ジモ泉。市内の共同温泉によくあるタイプの半地下型。楕円形の浴槽は少し浅めで、3人も入ればぎゅうぎゅうになる。13時に開いたばかりのため、独泉だった。
 
 先客との入れ替わりで独泉になることは何回かあったけれど、はじめから1人でいることは珍しい。となると、元栓のことを頭の中に入れておかなくてはいけない。

 市内の多くの共同温泉には、隅の方に源泉枡というお湯の供給を調整する場所が備えつけられている。これまでは先客の地元の方に、「上がるときに栓を閉めておいてくださいね」と言われて触ったことがあるぐらい。元栓を手に取るのは初めてだった。たいていは、1本の木栓を抜いたらお湯が出て、栓をさしたら止まる仕組みになっている。祗園には、持つ部分が赤と青に色付けされた2本の栓があった。

 「入浴者がいない時は水とお湯(赤栓)を止めて下さい。青栓はお湯が半分出ます。」

 なるほど、注意書きのおかげではじめてでも栓を扱えそうだ。とりあえず1人なのもあって、赤栓を抜いて青栓をさす。これでお湯が普段の半分だけ出るらしい。楕円の一辺に取り付けられているお水のカランも少しひねった。ちょうど良い湯加減になるように、やさしくかきまぜる。寒さをしのぐ、ちょっぴり熱いお湯ができあがる。


 この辺りは車の数も少なく、川のせせらぎがよく聞こえる。昨晩の野口や梅園のように、雨の日に行くお風呂ももちろん好きだが、やっぱり天気が良いと気持ちいい。

 おっと、となりは2人になった。
 あら、早いわね。今日は髪も洗う日だから。
 どうやら井戸ならぬ、風呂端会議が始まりそうだ。のぼせる手前で赤栓に変えてお湯をとめ、カランも閉じた。子どものように20数えて、さっと上がる。

 ちょうど身体を拭き終えた頃に、おじい様がいらした。
 「よその人?どちらから?」いつもの会話をさらりと交わす。
 服を肌着まで脱いだところで、洗面具を階段に置き、目線を奥の栓に向ける。
 「お湯は出したかい?」
もしかして栓がきちんと閉められていなかっただろうか。ドキッとした。
「ここはお水も水道水じゃなくて、井戸水だから、めいっぱい使っていいんだよ。お湯もじゃんじゃん出して下さいな。」ほっと胸を撫でおろした。良かった。

 「新鮮なお湯に、また入りにいらしてくださいね。」服を脱ぎ終え、メガネも外したおじい様は優しく別れのあいさつを残して、階段を降りていった。赤線を抜いて、カランをひねる音が聞こえた。

 にこやかなおじい様は、亡くなった祖父にそっくりだった。
 毎朝、毎夕、とにかく散歩が大好きだった。ポケットには飴玉数個、そして缶コーヒーを買うための小銭が数枚。ジョージアのオリジナルコーヒーがお気に入りで、一緒に歩いた時は、いつも買ってもらっていた。

 風呂上がりの定番といえば、コーヒー牛乳。今日はオリジナルコーヒーを飲むと決めた。

 帰り道、反対方向に進むと、すぐ近くに神社があった。神社へ続く階段のふもとに、水の流れ道が作られていた。どうやら、手水舎の水が竹筒やホースをつたって下の用水路まで流れている模様。

 物心ついたときから、水の流れる様子が好きで、ずっと見ていられた。
 祖父のことを思い出し、お参りする。
 12月1日。今日から師走。今年のことは今年中に、しゃんとする。
 そう、自分に言い聞かせ、八坂神社の鳥居を抜ける。

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