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全天88星シリーズ~アンドロメダ~

アンドロメダちゃんはいつもご執心です。

アンドロメダちゃんの銀河の中の、とある惑星、なんだかぽかぽかしたのろまな星の、藁屋根小屋の青年。アンドロメダちゃんはご執心。

その青年は羊飼いでした。のどかで、広大なみどりの土地に、一人で住んでいました。その星では、国がなく、人間はたった一人で、二百年も三百年も生きるのでした。
つがいになる人は誰一人いない、誰とも会わず、一生を終える、そんなかよわく、しかしやさしい星。

青年はとっても早起きでした。まだ夜の明けない頃から起きだして、小屋の裏の畑でうーんと伸び伸びストレッチ。それから畑に入って、二本のとうもろこしをぽきっと折って戻ります。

さて朝食作りです。
キッチンの側面にかけてある、黒木のりっぱな棒をこしこしまわして、とうもろこしをすりつぶし、そこにちょっと癖のある香りの、ギザ葉を混ぜた羊のエサをつくる。
夜が明けるとともに羊がめえめえ泣き出して、青年はあきれ顔で羊の前にすたすた、ゆっくりしゃがんで、ことっとクリイム色の木皿を置いて、煌めく先程のエサ。
「さあ、お食べ」
こう言った時の、青年の、ちょっと目を細めてくしゃとした笑顔。
アンドロメダちゃんは、星々の束をぎゅうっと締め付けられて、どきどき。
好きだった。
超新星爆発なんてちっぽけだ!なんて思ってしまうほど、かに星雲より淡い、銀河級の恋です。

青年は生まれたときから羊飼いでした。青年の飼っている羊はたったの二匹だけでした。青年が生まれた時から、その土地には二匹の羊しかいませんでした。やさしい青年は、二匹の羊にありったけの愛を注いでいました。ほそく、白い掌で羊の頭の毛をなでなで、顔を毛むくじゃらにどすんとうずめ、そのまま居眠り。青年の愛を享受する羊のきらきらした目、めめめめえめえ。アンドロメダちゃんはしっとです。


そんな青年をずうっと見ていて、アンドロメダちゃんは、はて、困ってしまいました。
青年に会いたくて会いたくて、たまらなくなったのです。
しかしアンドロメダちゃんは、自分の惑星、他の惑星に手出しをしてはいけませんでした。何十億年前に定められた銀河法に、そんな記載があって、アンドロメダちゃんは真面目なので、それをしっかり守っていました。

けれどもこの時ばかりは、真面目なアンドロメダちゃんにもちょっと悪い心がはたらいて、ダークマタアをどしんと背負わされたような、ジレンマに小隕石がぱちぱち当たりました。
しかし、アンドロメダちゃんにはペルセウスくんほどの勇気はありませんでした。

どうしてもどうしても、どうしても会えないアンドロメダちゃんは、夢の中で青年に会う決意をしました。

夢では、青年はみどりの丘に寝転んで、いつまでもそのままでした。少し寒い風が吹いても、さやさや絹糸のような雨が降っても、白銀の雪がこんこん積もっても、青年は目を閉じ、気持ちよさそうに寝ていました。ぼおっと、五十年ほどたって、夜が来て、雲間からあおい月明かりのさして、青年は目を開け、ついにアンドロメダちゃんを見つけました。目が合い、青年はかなしそうな笑顔でしょぼんと

「きれいだなあ」

アンドロメダちゃんの夢が覚めました。

ふと青年の住む惑星を覗いてみると、羊がめえめえうるさい。めえめえはだんだんわあわあ、うわんうわんと変わって、泣きじゃくっているように聞こえて、はっとして目をこらすと、青年は息と引き取っていました。

アンドロメダちゃんは、青年の三百年が、自分にとってほんの数秒だったことを、幾度となく気づきなおした肝心なことを、そうして失われてしまった膨大でちっぽけな時間のことを、また忘れていたのでした。

アンドロメダちゃんは、泣きました。こんなに悲しいことは他にはありません。

どうして私は銀河で、あの子は青年なのだろう。
天地の差なんて、かわいいくらいじゃないか。
わたしは何十億って生きているけれど、みじかく生きるものにははるか遠く、届かない、及ばない。あたたかい青年だったのになあ。閃光のような、恋。

アンドロメダちゃんの涙は、青く、透き通った、幾束の彗星になってすいすいと流れ、青年の惑星にきらきら。

降りそそぎ、せせらぎ、かなしくて。

天体の涙の青雨が、かなしいほどに美しくて、

目を閉じた青年は安らかな顔で微笑んでいました。

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