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008 人生最期に観た映画。『パラサイト/半地下の家族』の思い出

もう1年前の、話になるんだ。

ポン・ジュノ監督作品『パラサイト/半地下の家族』が、第92回アカデミー作品賞を受賞した。

普通はアカデミー作品賞を受賞しても、あそこまでヒットしないだろう。
まして韓国映画なんて、観に行くのはモノ好きな人だけだ。

『嘆きのピエタ』を観て、ぶちのめされ、
すっかり韓国映画に魅了された私。
(『嘆きのピエタ』は決して、王道な韓国映画ではありません。異端です)

韓国映画をスクリーンで観たければ、東京へ行くのは必須であった。

地元のシネコンじゃ、韓国映画は上映されない。

「『哭声/コクソン』がめちゃくちゃ面白い!」
といくら周囲に言っても、総スカン。

それが、それが、そんなはずが、
ご存知のとおり『パラサイト/半地下の家族』は大ヒット。
地元のシネコンが満員御礼。
完売の文字がタイムスケジュールに並んでいた。

なんじゃこりゃ。

でも、いちばん“なんじこりゃ”だったのは、
母が「観に行きたいから連れてけ」
と言ったことだ。

母は映画を観ない人だった。
小説も読まない。
そういうタイプの人だった。

いくらアカデミー賞を受賞したというニュースを見たとしても、行きたいと言い出すだなんて。
『翔んで埼玉』がこの世でいちばん面白い映画だと言っていた母。
そんな人だ。

「最後のほうとか、けっこうエグいよ」
1ヶ月前にすでに鑑賞済みだった私は、一応警告した。

「大丈夫。いいから観たい」と母。

言い出したら聞かないので、姉も連れて3人で映画館へ。
前の日にネットで購入しておいてよかった。
その日の上映もすべて満席。

いざ、末期ガン患者の母は、生まれて初めて韓国映画を鑑賞するに至った。


※この先、ネタバレを含みます。


パラサイト、と聞くと
イライジャ・ウッド主演の『パラサイト』を思い出す。

学園青春SFホラー
というなかなか珍しい映画だった。

テレ朝の日曜洋画劇場でやっていたのをVHSに撮って、小学生のときに観た。
裸の女の人が出てきてびっくりした。

でも今、パラサイトと聞いたら、
こっちの静かなラストを思い出す。

『パラサイト/半地下の家族』は完璧な映画だ。

だって、円環構造だもの。
最初と最後がおなじ画。

こういうのに弱い。
円環構造だと、好き。
映画らしさが感じられる。

映画の2時間くらいの尺じゃないと、最初を忘れちゃって、円環構造の円環構造らしさが出ないから。
映画だから味わえるこの感覚。

そしてさすがはポン・ジュノ。
「話が違うよ!」
ってくらい、予想外な展開が続く。

結局、パク・ソジュンが悪いっていう話だ。
あいつが家庭教師のバイトを持ってきたし。
例の石もあいつが持ってきた。

石。
ただ石を見て、そこに芸術性を見出せるような人生。
高尚な人生。

そこへの憧れが、
それしかない“幸福論”が、
主人公にひっつき、離れない。

故に、殺すしかない、と。
下へ下へと主人公を向かわせる。

でも、それが正解なんか?

ソン・ガンホ演じる主人公の父がとった行動は、唐突に思える。

しかし観客は共感する。

“殺るしかない”

示されたもう一つの幸福論。
繰り返される社会の構造を批判する内容。

しかし物語は円環構造で終わる。
ぐるりと元の位置に戻って終わる。

閉じる。

でも、ひらかれてもいる。

この映画がアカデミー作品賞を受賞したように。
なにかが、変化しているのだろう。

その微細な変化を見出す人々のストーリーが、動き出しているんだ。


「すっごく面白かった!」

鑑賞後の母は笑顔で、姉と感想をずっと話し合っていた。

『パラサイト/半地下の家族』の完璧さはここにある。

あんな映画を観ない人の母が、ずっと興奮気味で映画の感想を述べ、パンフを読んでいる。
さっきまで『翔んで埼玉』がいちばん面白いと言っていたあの人が。

映画に興味のない人。
わざわざ時間をかけてまで韓国映画を観に行く人。

みんなが傑作だと感じる。

この映画にはそのチカラがある。
これってとんでもないことですよね。

そのあとコロナで映画館は閉鎖。
母は入院し、ガンが脳に転移し、亡くなった。

つまり『パラサイト/半地下の家族』が、母の人生で最期に観た映画となった。

なかなか羨ましい。

「『パラサイト/半地下の家族』が最期に観た映画です」

あの世で言えたらサマになる。

なにが自分にとって最期の映画になるんだろう。

今ある映画だったら『マッド・マックス/怒りのデスロード』がいいな。
韓国映画だったら、『バーニング/劇場版』。

どれも完璧な映画。

でもまあ、そう上手くはいかないか。

『ハン・ソロ』を観た帰り道に死んでいた可能性だってあるんだと思うと、ゾッとする。

自分はそのときなんと言うんだろう。
あの世で、なんと言うんだろう。
その日まで




※『翔んで埼玉』、埼玉県民としてめちゃくちゃ楽しみましたよ。細かい埼玉ネタは、他県の方は気付かないでしょうし。
笑いました!

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