見出し画像

006 母の延命と、父の緊急手術

急に大事な決断を迫られるときがある。

家族や身内が病気になると、

「え?」

ってなるくらいの決断を、

「え?」

ってなるヒマもないくらい、急に迫られる。


私は今のところ2回ほどそんなことがあった。
今のところ。
この先もあるんだろうけど、二度とごめんだ。

御免被る。

【1回目】
今から1年半前、
母の件。

初の抗がん剤治療を受け入院中の母は、頭痛を訴えていた。

検査が行われ、後日主治医の先生から父と姉と私が呼ばれ、説明を受けることに。
“ご家族”が呼ばれることはじめてのことだった。

真っ白な個室。
パソコンとCT画像。

「脳に転移がみられます。それが原因で髄膜炎を起こしています。治療のために放射線治療を行う方針です」

と先生。

ドラマとかで聞いたようなフレーズが並ぶ。
上手く状況が飲み込めない。

いや、これはこういうシチュエーションのドラマなのかも。

「最善を尽くしますが、なにせ脳ですから、朝になったら呼吸が止まっているようなことが考えられます。

延命処置は希望されますか?」

「母はそういったことを希望していませんでした」

「ご本人とそういったお話をされたんですね?」

「はい」

「......わかりました」

ここまでのセリフは先生と私だけ。

父と姉が絶句してる横で、私はふしぎと淡々と述べていた。

実際、母はいつも言っていた。
もし延命処置が必要になったら、絶対に処置をして欲しくない。と。

一筆書いてもいた。

なぜか病気になる前からそう言っていた。

それほど延命処置だけは嫌だったようで、昔から聞かされていた私は、条件反射のように答えてしまった。

あれ?

こういうことって、ふつう即答することじゃないのかな?
父と姉と顔を見合わせることもなく、気付けば先生に伝えていた。
母の意思を。勝手に。

「すこし家族と相談させてください」

「一旦持ち帰らせていただきます」

こっちのセリフだったかな。

ドラマだったら?
配役的におかしい?
そもそも、家族で最年少の私が言う役回りかな?
このセリフを。

予定どおり脳への放射線治療が行われ、母の髄膜炎は回復。
このときは無事に退院することができた。

結果、よかったわけだが、母には言えなかった。
先生から死を覚悟するような説明があり、私があのようなセリフを吐いたと。

延命処置の件を伝えたのが私だということを知ったら、母はどう思っただろう。

ときどき、ぼんやり考える。


【2回目】
今から数ヶ月前。
父の件。

「お父さん、救急搬送されるんだって」

「は?」

土曜日の夕方掛かってきた父からの電話。
サービス業の父は土曜日も出勤で、職場近くの病院から掛けてきているらしい。

「なんか胸が苦しくて、病院で診てもらったんだ。そしたら先生が、詳しく調べたほうがいいって言うんだよ」

詳しく調べるために救急車に乗る。
ちょっと考えれば変な話だが、ステイホームでうたた寝中だった私は、そんなこともあるのかぐらいに思っただけだった。

「ウチの近所の○○病院だから」

「うん、じゃあ行くよ」

電話が切れて、私は同じくステイホームな姉に状況を伝え、母の遺した車で病院へ向かった。

病院に着くと、まだ父は運ばれてきておらず、姉と救急車の搬送口で待っていた。

なんだかめんどくさいなー
と思っていると、女性の看護師さんが現れた。

「ご家族の方ですか?」

“ご家族”

「はい、そうです」

「今から搬送されてくるお父さんですが、心電図から見て、心筋梗塞の可能性が非常に高いです。到着したらカテーテル手術をすぐに行います」

心筋梗塞。
聞いたことあるけど、私はどういう病気なのかよく知らなかった。

「先生も私たちも全力を尽くしますが、搬送中に3人に1人は亡くなる病気です」

血の気が引く。

「いざカテーテルを入れても、心筋梗塞になった人の血管は脆くボロボロになっている可能性があります。カテーテル手術が原因で血管が損傷し、亡くなる場合もあります」

「はい」

「しかし手術をしななければどうしようもありません。とにかく一刻も早く処置をすることが勝負です」

「はい」

「お父さんにも同じ説明をしますけど、手術されますね?」

「お願いします」

今度は姉のセリフ。

私はうなずくばっかりで、「ああ」とか「うう」とか言っていた。


そのあと父を乗せた救急車が病院に到着。
会話ができる状態だったのでホッとしたが、もう死ぬのかもしれないと思うと、まともに話が出来なかった。

先生からも同じく手術の説明があり、父はカテーテル手術を受けた。

コロナのため病院の奥へは入れず、手術のあいだ救急車の搬入口のベンチで姉と待っていた。

ボソボソと、ふたりで探り探りの会話をした。
核心には触れないように、だけど現実逃避にはならない程度の。

目の前には、絵が飾ってあった。
どこの誰が描いたのか。
青い馬が波となって、ひとりの女性を飲み込む様子を描いた絵だった。

変わった絵だ。
風景画とかを飾っておけばいいのに。
こんな心情の人が眺めると想定されて飾られた絵ではないのだろう。
たぶん。

私はその絵と2時間ほど向き合う羽目になった。
上野のムンク展に行ったとき、隣の国立博物館でやっていたデュシャン展も見に行きたくなって、全作品を1時間しか見なかったのに。

馬が、波が、女性を飲み込むのか。
女性のほうが馬を飲み込もうとしているのか。

青い。

総じて言うと青い、そんな感想。

寒い。
11月の病院の一階は、手術を待つには寒すぎた。

あの日、ムンクには悪いことをしたな。

先生が上の階から降りてきた。
「2階へどうぞ」

個室に通された。
壁は薄いピンク色。
パソコンとCT画像。

先生は心臓の模型を用いて、丁寧に説明してくれた。

心臓には大きな血管が3本あること。
そのうちの2本は、1本から枝分かれしていて、その根本が詰まると一大事なこと。
そして、父の血管はその根本が狭くなっていたこと。

手術なんて大仕事をしたあとに、素人相手にこんな説明しなきゃいけないだなんて、お医者さんって大変な職業だとしみじみ関心する。

父の手術は無事成功。
結局は心筋梗塞でなく狭心症だったので、一週間もせずケロッと帰ってきた。

父の心臓には金属のバネみたいなものが装着され、血管を内側から支えてくれている。

X-メンのマグニートーに遭遇したら秒殺される身体となって、年末を迎えたのだった。



【3回目】
今から一週間前。
自分の件。

どっちにすべきか......。

真っ白な個室。
大きな鏡。
試着室。

今日は2021年ユニクロU春夏の発売日。

前評判の高かった「セルビッジレギュラーフィットジーンズ」。
さっき一目惚れした「ワイドフィットジョガーパンツ」。

ボトムスは一本しか買う予定がない。

迷いはじめてから間もなく10分を迎えようとしていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?