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009 拝啓 さくらももこ先生。活字との邂逅、本読むきっかけ

入院はさぞヒマであろう。

ガンの薬を飲んで、何かあったらいけないので念のため。

そんな理由で、母が入院することになった。
夏。

さて、何を持って行くべきか。
ちょっと実家へ泊まるときでさえ大荷物の母。

一週間の入院となると、あれもこれもと、やはり大荷物となった。

でも、荷物の中には本が一冊もなかった。

手術をするわけでもないし、退屈だろうけど、暇つぶしになるものがなにもない。
本でも持っていけばいいのに、読書の習慣がない母は、文庫本を携える発想なんてまるでなかった。

そういえば、家族でも読書の習慣があるのは私だけだ(習慣といえるほど読んでないけど)。

だいたい、自分もかつては読書ギライだったのに、いつの間にか読むようになっていた。

なぜ?

ああ、あの本に出会ったからだ。

【絵と文】さくらももこ『ひとりずもう』


中学生になって、“朝の読書タイム”があった。
毎朝、15分くらい強制的に生徒全員が読書をしなければならない。
しかも読んだ本のタイトルと、その日読み進めたページ数を先生に申告しなければならない。
全体主義的読書である。

本がキライだった私は、どうやってこの苦行を逃れようかと悩んだ。
なにか、読むのが楽な本......

本屋で見つけた『ひとりずもう』。
さくらももこは『ちびまる子ちゃん』で知ってるし、なんせ挿絵がある。
これなら読めるだろうと、買ってもらった。

そんな不純な理由だったのに、
結果、私が今noteを書くまでに至っているわけである。

文章って面白い!

本のなかで、活字はとっても自由だった。
お堅い印象しかなかった活字が、流れるように踊っている。

楽しくて楽しくて、あっという間に読んでしまった。
そんな本だった。


この本だったら、さすがにあの母も読めるだろう。

しかし『ひとりずもう』は、作品の内容に“性”についての話題が多かったりするので、
親に勧めるのが気恥ずかしい。

というわけで、代わりに『もものかんづめ』の文庫本を手渡し、いざ母を入院へ送り出したのであった。


数日後、TVのニュース画面に、さくらももこの自画像が映っていた。

“さくらももこ 乳ガンのため死去”


このとき初めて、さくらももこの年齢を知った。

母と同い年。


タイミング悪っ!(不謹慎ですみません......)

こんなことってある??
こんなことって......

まる子の世界だったら、オデコに縦じまが入るところだ。

さくらももこがガンだったなんて知らなかった。

今の母がさくらももこの本を読むのは、精神的に重すぎるだろう。

焦りで気が動転。
はやく本を回収してこなければ。
だけど、それもそれで変だ。
べつに誰が悪いとか、まして縁起でもないとかそういう意味じゃないんだから。
そっとしておくのが一番だ。

私は母の見舞いに行っても、『もものかんづめ』については触れずにいた。

まして、さくらももこが亡くなった件の話はしなかった。

TVのニュースを見る限り、さくらももこが亡くなった喪失感は、日本人に大きく広がったようだった。

そりゃそうだ。

まる子が死んだんだから。

毎週、変わらない日常を送っているそのキャラクター本人が、実世界で亡くなる。
こんなこと、さくらももこ以外の人間にはない亡くなり方だ。

ぜったいに死なない分身がいるからこそ、強烈な死が印象付けられてしまった。

私も、やっぱり悲しかった。

他の誰でもなく、活字の世界の楽しさを教えてくれた人だ。

さくらももこの本に出会えていなければ、読書ギライのままだったろう。
ということは、あの本も、あの本も、あの本にも、出会えていなかった可能性だってある。

出会えてなかったら、とっくに崩れていたかもしれない。

ものがたりが、物語るという行為自体が、本当に辛いときに唯一助けてくれる。

あとちょっとのユーモアも。

感謝してもしきれない。
さくらももこは私にとってそんな存在だ。

『ひとりずもう』には、さくらももこがデビューするまでのストーリーが描かれる。

周囲にバカにされながらも、あるひらめきで自分のスタイルを築き、漫画の投稿を続けた結果、さくらももこ先生がこの世に誕生したわけだ。

『ひとりずもう』は、こんな一節で締め括られる。

私は未だに自分が作家になれた事が信じられないし、作家だという事がうれしい。

なんてキラキラした言葉だろう。

この一節が、私の頭にひっそりと刻まれていて、時々ふと思い出す。

こんな文章が書ける人に影響を受けた自分の事を、私は誇りに思っている。


返ってきた『もものかんづめ』に刺さったしおりは、前半のほうで止まっていた。

「さくらももこ死んじゃったんだね」と母。

そりゃやっぱり知ってるよね。
どんな気持ちであのニュースを見たんだろう。

母はけっきょく退院したあとも、読書はしなかった。
体調の良いときは、アイドルのライヴに意気揚々と出掛けていたが、本は読まなかった。

さくらももこの文章力を持ってしても、読書の習慣が身に付かない母なのであった。

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