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功徳

今日の帰路、家の近くの中学校の裏道を歩いていると「すいません」と六十代くらいの男に声をかけられた。道案内だろうかと思ったら、男は中国人らしく片言の英語でスマホのグーグルマップを私に見せながら「この学校で温水プールをやっているはずなのだけど、入り口が分からない。どこから入るのか(意訳)」と聞いてきた。

その中学校に部外者でも入れる温水プールがあることを私は知らなかったが、私は自分のスマホでグーグルマップを表示させ、そこから区の案内のページを辿っていくと確かにその学校では品川区民と品川区で働く人に温水プールを有料で開放しているようだ。さらに予定表のPDFを開き、今日の夜は営業をしていることを確認した。しかしプールの入り口までは表記されていない。
とりあえず、男と一緒に学校の裏側を往復してみたが、やはりプールの案内は出ていない。学校の正面だろうかと考えたが、どう見ても距離があり行くのが面倒くさい。

どうしよう……、分からねえな。
私は教えることを諦めて「申し訳ないけど、自分には分からない」と言おうとしたが、英語で『分からない』って何て言うんだ? アイドント、アンダースタンド?
開きかけた口からは適切な英語が出てこない。

どうしよう……と思いながらもう一度グーグルマップを見返す。
やはり学校の正面に行くしかないか。
グーグルマップでも学校の表示は反対側を差している。
こんなことをしている場合じゃないんだけどな……。
ただでさえ残業をして疲れており、さらには空腹であるため、私はとっとと帰宅をしたかった。それにもかかわらず、さきほど肉屋で買ったひとくちメンチカツ、アジフライ、ハムカツが入ったレジ袋を片手に道案内をする私は親切と言うべきか、単なるお人好しか。
私は中国人に「たぶん、こっちかな」と片言の日本語で言いながら先導を取り学校の正面に向かった。うちの近所は地面の起伏が激しい。途中、二十段ほどの階段を降りた。そして建物沿いに進んでいくと左側にプールの案内板が見えた。
「あった!」
男に道を聞かれてから十五分は経っていただろうか。男は笑顔で「ありがとう!」と日本語で私に感謝を伝えてくれたが、私は「どういたしまして」と片言の日本語で答えることしか出来なかった。
どういたしまして、と英語では何というのか。もしくは中国語では何だ。私は自分の英語力の無さを嘆いたが、意外と片言の英語と日本語でも通じるものだなと思うのだった。

こうして僅か徒歩数分、距離にして二百メートルにも満たない些細な道案内ではあったが、間違いなく私は日中関係の改善に大きく寄与したことだろう。今後、いつ内閣府及び中国の共産党から感謝をされるか分からない。

夕飯後、来るべきそのときに備え片言の日本語を直すべく国語の辞典を開いてみたが、悲しいかな私の脳は勉強をすることを頑なに拒み、辞典を二秒で閉じた。そして気付くと私は台所に足を運んでおり、さつまいもをラップで包むと電子レンジに入れボタンを押していた。もはや私の脳には食い気しか残っていなかった。




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