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遁走

前回までの約10秒で分かる(かもしれない)あらすじ
我が家で友人らと蟹パーリーをすることになった私。しかし、その前日、友人から蟹とカステラが来ると思っていた私のもとに届いたものは、予想以上の大量の蟹と想定外の新巻鮭だった!魚なんてイワシ一匹捌いたことがないぞ!どうする私!何で届かなかったカステラ!


私は覚悟を決めて箱の開封を始めた。蟹の量の多さと冷たさに心が折れそうになった私だが、ビニール袋に詰め込まれている無数の蟹の足と、タラバ蟹の半身を冷凍庫に力技で詰め込むことに成功した。
しかし、まだ発泡スチロールに入ったズワイ蟹と、大問題である新巻鮭が残っている。
どうすんだ、これ……。
私は途方に暮れた。どちらも冷凍庫はおろか、冷蔵庫にも入らなさそうだった。
明日の蟹会まで台所の隅に放置していくか?けど、解凍が溶ける?
いや、蟹は発泡スチロールに入っているから大丈夫かもしれない。問題は鮭だ。
私は悩んだが、その一方で心は西岡が誘ってくれた神田の飲み会に傾いていた。蟹が今日ではなく別日に届くようであれば、間違いなく神田へ行って今頃はビールを片手にしていただろう。私は今更ながらに後悔をした。

だが、いくら後悔をしようが、半田を恨もうが眼前に蟹と鮭がある事実は変わりようがなかった。
仕様がない!こうなったら……!
私は一つの案を決行することにした。否、それしか考えが思い浮かばなかったと言った方が正しい。
意を決した私は、蟹が入っている発泡スチロールの箱と新巻鮭の入っている箱に、それぞれ透明のゴミ袋を被せ、それらをベランダに置いた。外は雨が降っており、既に午後八時を過ぎているので、確実に家の中よりは寒いはずだ。
もしかしたら、冷凍庫や冷蔵庫に入れずに放置したことで味や食感が悪くなるかもしれない。だが、それは諦めてもらおう。私は最善を尽くしたのだ、たぶん。文句があるなら半田に言ってもらおう。私は胸中で明日の蟹会の参加者に詫びを入れた。

そして私はベランダで雨に打たれる蟹と鮭に罪悪感と悲哀を感じつつも、西岡にこれから神田に行くことをメールで告げ、逃げるように我が家から出た。
爆弾を仕掛けた爆弾犯か、殺人を犯して現場から逃げる犯人のようだな……。
そう思いながら私は足早に駅に向かったのだった。

神田で西岡と合流し、酒を呷った私は飲みに誘ってくれた彼に感謝をした。もしあのまま家に一人でいたら、冷凍庫とベランダに置かれている蟹と鮭が気になって仕方がなかったことだろう。きっと三十分おきぐらいに窓を開け、蟹と鮭の様子を見るに違いなかった。もしかしたら、思い直して家の中にしまうことも考えたかもしれない。だが、こうしてビールを胃に流し込み、友人らと話すことで私の頭の中からは蟹と鮭に対する不安が一時的にせよ消えた。
心の友よ!
私はタイミングよく誘ってくれた西岡に深く感謝をした。

数時間後。
一時的に蟹と鮭から解放された私は家に戻ったのだが、このときには雨はあがっていた。
帰宅をした私は部屋のベランダ側の窓を開け、鮭と蟹が無事であることを確認すると風呂に入り歯を磨き、布団に潜った。
これで蟹会は成功したも同然だ。そう思いたかったが、明日は皆が来るまでに鮭を解体しなくてはならない。しかし、そんな一抹の不安は頭の隅に追いやり、私は眠りに就いた。
(続く)

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