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空中に浮遊する金魚

わたしがVRを始めたのは2020年の春だった。
そして、作品が完成したのが2020年の秋だった。

まだまだ寒い2020年の早春。横浜の豪華客船の客員が感染力の強いウィルスのため、船の客室に閉じ込められられたというニュースを横目で見ていた。それから2、3ヶ月後、日本がパンデミックになっていた。船ではなく今度は日本そして室内に自分が閉じこもることになった。

わたしにとって部屋に閉じこもることはさほど難しいことではなかった。部屋にいることができれば、移動や他人と話す時間が減り、自身の考える時間、制作の時間が増え、自分の集めた好きなものに囲まれることができたからだ。
そのときに新しく使い始めたツールがiPad Pro(12.5インチ)だった。まずそれで彫刻を始めてやったときのように“まるさんかくしかく“を組み合わせてモデリングしたのを覚えている。プロが使うようなたくさんの人に知られているappではなかったけれど感覚的に使えるのがとても心地よかった。そして、ipadで様々なアプリを触っているのちに、デジタル表現はプロツールもたくさんの挑戦をしていることを知った。アップデートと言われるアプリの機能が増えたり、減らされたりするアプリ制作者のイベントが度々あり、日々ツールの機能が変わっていく。日々移り変わるアプリを使っていくうちにVRの制作が始まった。

4月。わたしの所属する美術文化展本展の東京会場は開催されなかった。パンデミックの渦中にいるわたしは当たり前だよな、と思いながらも私にとって非現実の場である芸術の世界に現実が横たわる違和感のあるできごとであった。非現実は現実に侵食された。次は今まであった現実の非現実を保存する場所もどこかにあるのかもしれない。そんな期待が芽生えたのだった。

その年、作った作品が「覗き込む石鹸金魚」となる。わたしにとって金魚は今まであった現実で、石鹸金魚が非現実の現実になった金魚である。金魚鉢に住んでいた金魚は空中浮遊した。
今までの非現実(彫刻)が今の現実(漫画、3Dモデル)のなかでアニメーションによって混じり合う。

漫画は、夜店の金魚掬いでもらった石鹸金魚との出会いから、それが泡で溶けていなくなり、最後は女性の胸に痣として現れる死と再生の「物語」である。
彫刻は、痣が女性自身を包摂する「象徴」として人化され、超越と変転のアウラとしてもう一つの石鹸金魚の世界を創造する。
本作品は、象徴が物語を覗き込む形式で、石鹸金魚が金魚鉢の中で融合し、鑑賞者の視点からもその様相を覗き込む、多層的な表現をした。
象徴の石鹸金魚は、対象としての物語に対して覗き込む主体として、鑑賞者との関係では覗き込まれる対象として意味づけられ、AR空間を自在に変転すると同時に、不動に空間を覗き込む超越としての彫刻こそ、石鹸金魚という想像概念を多層的な表現形式を通して、実感をを至らしめる仕掛けとした。

覗き込む石鹸金魚,岡本真由子,2020


次の社会は今のわたしたちにとっては非現実だけれど移り変わるテクノロジー、事件などからいつかは現実になる。そんなリアリティー(超現実主義?)を求めながら引き続き、新しいテクノロジーでの表現を探っていきたい。


機関誌復刊32号「美術文化」寄稿

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