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就活戦国時代 鶴松と亀吉の場合  ---------- Short Story ----------

   霧がかかる中、荒れ地の窪みから辺りの様子をうかがっている足軽姿の男が二人いる。
一人はいつも何かに飢えているような色黒の男、一人は逆に育ちの良さそうな色白の男だ。

この辺りは先ほどまで戦があった場所で少し離れたところにもいくつか遺骸が転がっている。
その中にまだ生きている者がいた。
倒れてうめきながら手を上げ、誰かに助けを乞うている。

それを離れたところから見ている二人。
色白の男が助けようとすると色黒の男がそれを止めた。
「行くな。助けたところで手当てもできん。死んでいく者に望みを与えるのは罪だぞ」
「しかし苦しんで助けを求めておるし、知らない者ではないぞ」

「もう遅いわ。戦の加勢に来たのがあいつの運のつきよ。あそこで動き廻って敵に見つかればこっちが危ない」
そこへ霧の中から槍を持ったその敵が現われた。
注意しながら進んでくる。

手を上げている男の前に立つと躊躇もせず槍で首を突き刺した。
「お陀仏か、儚いのォ」
「あいつは雇われる相手を間違えよったのよ。おれたちは雇われても相手次第では働かんからの、こうして生きておる」

霧の中から足軽の仲間が続々と現われてくる。
「あいつを助けなくて良かったの。もしもあいつを助けておったら、おれたちも寄ってたかってなぶり殺しにされておったところじゃ」
黙っている色白に色黒の男が重ねて話しかけた。

「しかし今度もまた負けた。雇い主が負けては話しにならん。この前から雇い主が負ける戦ばかりじゃ。ついておらんわい」
「弱い雇い主ばかりであったの、まあ、また探そうではないか」
「ううん、何だかな、三途の川原で石を積んでいるような気になるわ」

 二人は同い歳の十九だが、色黒のほうが押しが強いので、つい年下と年上のような間になってしまう。
「しかし、ついとらんなァ、もう夏やのに今年に入って三度続けて負け戦の加勢とはな、銭にもならんし」

「まあ、こういうこともあるで、出直しやの」
色白のほうはのんびりしたものだ。
「出直しか・・お前はええのう」
「悩んでも仕方なかろう」

 色黒の男は名を亀吉という。
貧乏百姓の三男で戦の世になって野心を抱き、奉公先を夜中に飛び出した。
彷徨ったあげく戦の加勢をしながら生きてきた。
よく無事にここまで生きてこられた、と本人が自分に感心している。

一方の色白の男は鶴松という。
こちらも貧乏百姓の次男で、新しい世界を夢みて奉公先を無断で飛び出し、彷徨っている途中で亀吉に出合った。
同じ宿で出合った二人は同い年ということもあってすぐに意気投合した。

二人の鶴松と亀吉という名も本名ではない。
宿で会ったその夜のこと、雇われやすい縁起の良い名前に変えようではないか、と色黒が言い出し、それに色白が乗った。
鶴は千年亀は万年、ともに長寿を意味し、明日の命もわからぬ侍たちには受けるだろうという計算もあった。
色白が鶴で色黒が亀なら按配もええし、ピッタリじゃなとなった。

「おれが鶴松」
「おれが亀吉」
「エエ名前じゃ、思いついたのは、わしじゃからな」
と言ったのは色白の鶴松だった。

「まあどっちでもええ」
明日がわからない世に鶴松と亀吉という鶴亀コンビができた。
亀吉はせっかちで、鶴松はのんびり屋、亀吉が引っ張る役で鶴松がそれに乗る役回りも自然に出来ていた。

「この辺りも小競り合いや小さな戦が起き続けておる。戦をするほうは死人やケガ人が出るでみな人手不足じゃ、しばらくこの辺りで飯を食おうではないか」
「うんそれでええ」

豪族はむろん大百姓でさえ腕の立つ者、剣の使える者を雇うようなご時世だ。
豪族、大百姓とていつさらし首にされるか油断はできない。
頼りになるのは戦える者とその頭数であり、みなが戦の加勢が出来る者を求めている。

なので雇うほうも少々のことにはこだわらない。
だが人は使ってみねばわからない。
結果として雇う雇わないの判断は見た目と直感だ。
すると雇われるほうは、見た目が剛毅な者が有利になる。

そうなると亀吉は押しが強く人相も根性があるように見えるが、やはりどこか胡散臭く思われる。
いままで生きてきた過去のあれこれが人相にも影響しているのだろう。
だがそばに鶴松がいると相手の態度が変わる事が多い。

 その後、二人は戦の風が吹き始めたらしいと聞いて田舎の豪族の門をくぐった。
戦のための人集めの真っ最中だった。
二人が横の門へ回ると神経質そうな侍が応対した。

「鶴と亀か、縁起げええ。雇ってやる。戦はじきに始まるで功を挙げれば恩賞も取らせるし、家臣としても雇ってやれるやもしれん。要は働き次第じゃ」
といわれてすぐに加勢の鶴亀二人組となって持ち場を決められた。

「ここもいつまでもつのか」
「武具の備えが乱雑じゃな」
「そうよ、集まっておる者もいい加減そうな奴が多い。これでは危ないの」
「おれたちもこの稼業に馴染んだのか、目が利きだしたな」
二人の笑いを行李の陰でネズミが聞いていた。

 それからひと月後には戦になった。
意気揚々と出陣したものの、ところがどっこい相手は大軍だった。
「聞いていた話しと違う。こっちは四百、向こうはせいぜい五百と聞いたが、あれを見ろ、どう見ても千人は超えておる」

「確かにの、これでは戦にはならん。殺されまくりの戦になるぞ。逃げるか」
「後を見ろ、逃げるやつを殺すための督戦の者が槍を構えておる」
「こんな家、初めてじゃ。あくどいのォ」
「逃げても攻めても殺されるな」
どうする二人、万事休すになった。

ところがここで幸運が舞い降りた。
肝心要の主つまり大将が相手の大軍に恐れをなして真っ先に逃げた。
後ろを見ると督戦の者も背中を見せながら走り去っている。
それを見た四百人は蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ始めた。

千人を超えていた敵は深追いはせず、その勢いを維持したまま二人が仕えていた豪族の屋敷に入ってしまった。
あとで噂を聞けば、主一家は捕らわれ一族全員が磔獄門にされたという。
「仕方あるまい。じゃがまた雇い主が負けた。一度でいいから勝って進軍したいもんじゃ」

 二人はまた仕事にあぶれた。
と思っていたらたまたま宿場の居酒屋で戦の加勢を求めている豪族があると聞きこんだ。
そしてまたこれで何軒めか、新たな雇われ先を求めてそこへ向かった。
職を求めて東西南北、あの時代もいまの時代も変わりはない。

 その豪族の屋敷を訪ねると玄関先には浮浪や浪人が幾人もたむろしている。
待つことしばし、呼ばれて二人は屋敷のうちに入った。
白髪頭の侍と若い二人の侍が親切に応対してくれた。
ここでも鶴亀が役に立った。

「左様か、して今まではどこにいた」
「二人そろって上州のほうで戦に加わり、その後は駿州の国境での争いに」
どうせ使い捨ての足軽扱いだ。
その場で聞かれる程度のことさえ答えて辻褄が合えばそれで良いのだ。

一方の豪族のほうも、とにかく戦ってくれればいいという考えだ。
死ぬのは本人のこと、そのあとは知ったこっちゃない、という姿勢だから応募してきた相手のことは深くは詮索しない。
ただ以前仕えていた豪族がみな負け続けていたことは縁起が悪いので注意せねばならない。

それを感づかれて追い出されたこともある。
生死がかかっているのだから雇うほうだって縁起をかつぐ。
前に働いていたところが負け続きでは縁起が悪くて雇う方も腰がひけるのだ。
ここでも二人はそれを誤魔化すことに終始した。

効いたのは亀吉の口先三寸だった。
白髪頭の侍はニコニコしながら言った。
「鶴亀も縁起が良い。刀も使えるし、参陣したこともあるなら申し分ない。よし、いまから雇うがどうか」
「はは、よろしくお願い申し上げまする」

 今度の奉公先は珍しくみなのんびりしていた。
戦の世の中で、加勢も求めているのに、である。
「戦が近いにしてはえらくのんびりしておるの」
「そうよ、武具もみな一応そろってはいるが、本当に戦をする気があるのかの」

だが戦はやはりやってきた。
二人がいる組頭は戦が面倒くさそうに言った。
「戦はこっちから行くだけではない。向こうからも来るでの、来るときはその気で来るで話し合いなんか屁にもならん。本当に面倒なことじゃ、余計な銭はいるし、下手すりゃ命もなくしかねん」

「そりゃまそうでござるが」
「相手はやはりここの縁者の一族で」
亀吉が組頭に尋ねるとこう返ってきた。
「そう、敵はこの家の縁者よ。この家の跡取りのことで揉めておるで」

「聞いてはおりましたが、こちらは跡取り様はちゃんとおられるのでしょう」
「それがの、いまの跡取りを様を廃嫡し、その縁者から新しい跡取りを出すと求めておるのよ」
「この家の跡取りはすでにお決まりのはず。それは無理押しにございましょう」

鶴松が尋ねた。
「なぜそのような無理な求めを」
すると組頭は辺りを見回しながら小さな声で言った。
「実はの跡取り様にはお頭(おつむ)の病があるようなのじゃ」

「お頭に・・・例えばどのような」
「歳は九つじゃが、目も定まらず、言葉もおかしく、荒れるかと思えばいきなりふさぎ込む、尋常ではないのよ。気の病というかの、まともではない」

「それで縁者のほうが」
「このような乱世じゃ、あの息子を跡取りなんぞにしては、その災厄が縁者一党にも及びかねん。他に男子はおらんし、なので縁者から跡取りを出すから受け入れよ、ということじゃ」

「縁者の言い分にも一理はありますな」
「じゃからみなが頭を抱えておる。じゃが主殿が絶対にそれを認めぬ。我らの裏切りも警戒しておるしの。跡取りはおかしく主殿は頑固で縁者は焦り、近隣は戦の臭いとまあ困ったもんじゃ」

と組頭は言ったが、どこか他人事だった。
二人は顔を見合わせながら、この豪族一家には明日がないことを感じていた。

 そして戦は向こうから始まった。
縁者もそのまた縁戚も一族総がかりで国境を超えて流れこんできた。
ここの豪族の問題は総ての縁者縁戚の命運に影響を及ぼすものである以上はこうなるのは当然だった。

主はお頭のおかしい跡取り息子を初陣じゃとして決戦の原っぱに連れて出て行った。
主も、どこかおかしいとみなが感じたが遅かった。
結果は惨憺たるものだ。
乱戦になって斬り合いになったが、最初から勝負はついていた。

縁者一族は想定外だったものを持っていた。
鉄砲である。
鶴松も亀吉も誰もが雷のような鉄砲の音を初めて聞き、猛烈な白煙を初めて見た。

それだけで豪族の主も家臣も加勢の者も腰がひけた。
押し込んできた縁者一族と斬り合いになったが、その中を鉄砲玉がバンバン飛んでくる。
当たれば鎧なんか役には立たない。
 
 そして豪族の主は鉄砲で撃たれて亡くなった。
そばにいた跡取り息子は小さいせいか鉄砲玉が音を立てて抜けていっただけで当りはしなかった。
大将を遠くから一撃で倒した鉄砲の威力。
全ての者が怯んだところを強く押し込まれ、あっという間に陣が崩れた。

しょせんは田舎の豪族同士とはいえ、こちらの数はおよそ五百、向こうはおよそ千五百。
これに鉄砲二十丁の威力が加わって決着は早かった。
こうなると逃げて生き残った者が勝つ。

二人はこんなことには慣れている。
ほとんど戦わずに誰かの背に隠れ見物をしていたが、逃げるとなれば話しは変わる。
鶴松と亀吉は刀を振り回し、間違って味方を斬ったが知らぬふりで乱戦の場を逃れた。

「ケガは」
「ない、そっちは」
「無傷よ」
「良かったのう、上々よ」

 しかし二人はまた戦の場から外れた窪みで愚痴をこぼしている。
目の前の景色は、この前と同じような景色だ。
「また負けたの」
「うん、また負けた」

「それにしても鉄砲にはおどろいたの」
「ああ、それも二十丁くらいはあったの。初めて鉄砲に会ったがすごいの、あれは」
「こりゃ戦の形が変わるで。わしらもどこかで鉄砲の扱い方を習うか、そうすりゃこの先も食いっぱぐれることもあるまい」
「そうじゃな、それがええ」

 そのとき白髪頭の侍が供を連れて逃げてくるのが見えた。
二人を見ると腕に受けた鉄砲傷を手拭いで押さえながら言った。
「おう鶴亀か、生きておったか。鉄砲があったとはの、大失態であった」

「それで跡取り様はどうなりました。あのお方がおられれば再起ということも」
だが白髪頭の侍はそれには答えず、供の者もそろって鎧など武具を捨て、百姓に化けて姿を消した。

 大将を失い、主な者は逃げ、跡取りまで居場所が不明ではどうしようもない。
グ~と腹がなる。
「腹が減ったの」
「ああ、ものを言うのも面倒じゃ」

山の影が段々と広がってくる。
「まだ動けんな」
「さあて、次はどこへ行く」
「ま、無事に逃げてからのことよ」

などと話し合っていると、すぐ近くに人影が現れた。
「敵か」
「いや、あれは ・・・死んだ主の用人ではないか」
「おお、そうじゃ」

用人も窪みから頭を出している二人に気づいた。
二人はいまさら知らぬふりも出来ず、手招きした。
用人の鎧は血まみれの傷だらけで顔にも切り傷を受けていた。
「鶴亀の二人か、いや敵でのうて良かったわい」

すると用人の後ろに誰かいる。
「用人殿、後ろに誰ぞ」
用人の後ろから男子が顔を出した。
「これは、跡取り様では」

「そうじゃ、お前たちは二人だけか」
「はい、先ほど・・」
「ああ、そこに転がっておる武具はあやつのか、あやつも無事に逃げたか。みな鉄砲にやられたのう」
と用人は言いながら二人の姿を頭から足の先までなめるように見た。

そして顔色が変わった。
「お前ら二人、見たところ傷も無いし汚れてもおらんし戦をした気配も無いの・・戦わなかったのか、まさか」
二人は黙っている。

「この卑怯者め、許さん」
用人は激怒し刀の柄に手をかけた。
負け戦の怒りが二人に向いたらしい。
しかし二人もいまさら殺されるわけにはいかない。

亀吉が言った。
「敵はそこここにおります。いまここで騒ぎを起こせばあっという間に囲まれますぞ。そうなれば跡取り様もどうなるやら」

「やかましいわ、跡取り様がこうなったのも貴様らのような卑怯者がいたからよ。貴様ら許さん。わしがここでたたっ斬ってやる」
鶴松が言った。
「敵も跡取り様の行方を血眼で探しておりましょう。われらに関わっていては跡取り様が危うくなりますぞ」

そのとき跡取り息子が用人の袖を引っ張った。
用人も卑怯者二人に構ってはおられぬことを覚ったようだ。
遠く近く怒声や武具の擦れ合う音が聞えてくる。
「敵が近い。跡取り様、さっ早くまいりましょう」

もう鶴亀の二人に構っている暇はない。
用人は跡取り息子の手を取りながら振り返って二人を睨んだ。
亀吉が小声で鶴松に言った。
「あいつら、これになるぞ」
指で丸をつくった、つまり銭になるということだ。

鶴松も同じことを考えていた。
「どうせ落人狩りされるしな」
顔を見合わせた。
二人は同じ考えだ。

その瞬間、二人の心に鬼が現われた。
二人の顔つきが別人のように変わり、二匹の鬼になっていた。
二匹の鬼はダッと飛ぶと用人に後ろから襲いかかった。
傷を負い、跡取りとともに逃げてきた用人に雑魚とはいえど、二匹の鬼には抗すべくもない。

おまけに用人は跡取りも守らねばならない。
二匹はそれをいいことに前と後ろから同時に斬りかかった。
三人とも必死だ。
跡取りはそれをただ眺めている。

一の太刀、二の太刀、前後から斬り込まれれば防ぎようもない。
ひと斬りふた斬りされて鎧も外れ脇腹が出た。
そこを二匹に刺され斬られた。
「グェッー」とうめいたのが用人の最後の言葉だった。

ドサッと倒れた用人に跡取り息子は近寄り「爺、爺」と呼んだ。
しかし反応が無いとみるや表情も変えずにそのままそこに立ちつくした。
二匹は「やはり跡取り息子は」と思った。
「とうとうやったな、こんなこと」

「うん、まさかこうなるとはの」
「仕方あるまい。こいつらはどうせ落人狩に襲われる」
「ま、成仏せいよ」
二人は用人の遺骸に手を合わせながらチラッチラッと跡取り息子を見ている。

二人の心を鬼が完全に支配していた。
もう出ていくことも消えることもない鬼だ。
人間の心ほど安易に変化するものはない。
二匹の鬼の狙いは最初からこの跡取り息子だ。

二匹の鬼には自分たちの利害しかもう頭にない。
跡取り息子はそのまんま動かぬ用人を見下ろしている。
二匹はひそひそと相談を始めた。
決まったらしい。

「跡取り様」
鶴松が跡取りの前に出て声をかけた。
跡取りの後ろに亀吉が回り込んだ。
二匹は同時に「うん」と目で合図した。

鶴松は跡取りの襟を取って動けないようにした。
でも跡取り息子はなぜか笑っている。
そのときだ、亀吉が無言で用人の脇差を抜き、その刃先を前に回して跡取りの腹を下から上に刺し上げた。

「うぐッ」という小さな声とともに真っ赤なものがどっとあふれて流れた。
「亀よ、前から突くな、返り血がかかってわしが真っ赤じゃないか」
「我慢せい、ええ銭になるで、これは」
「うん、そうじゃな」

鶴松の腕から跡取りがズルッとすべってドサッと地面に落ちた。
「おい首を取れ」
「わしがか」
「そうよ、わしが殺したのじゃ、お前も銭が欲しければ首くらいは取れ」

跡取りがウウッと唸りながら動いた。
「おい、まだ息をしている。はよう首を取れや」
「生きておるのに首を取るのか」
「そうじゃ、はよう楽にしてやれ、はようせい」

鶴松が必死で跡取りの首を切るが中々首が離れない。
亀吉が焦らす。
「くそ、まだか」
「わしは首取りに慣れてはおらん、気に入らなきゃお前がやれ」

「よしオレがやる」
鶴松は両手が真っ赤になっていた。
亀吉はしきりに刀で見当をつけながら首を切ろうとしている。
「ええっと、確かここへ刃を入れて、突いて、押し切るはずじゃが・・」

するとコロンと首が転がった。
二匹は笑い鶴松が言った。
「よし、わしの褌でこいつを包もう」
「褌で首を包むのか」
「そうよ、紐もついておるで便利がええ」
「そりゃまあそうじゃがのォ、褌でのォ」

 二人でゴソゴソ始末をしていると、いつの間にか背後に人の気配がした。
二人は緊張した。
二人の目の端に血のついた槍の穂先が静かに伸びてくるのが見えた。
キラッと穂先が光ったと思うや、地獄の閻魔のような声が後ろから聞こえてきた。

「貴様ら、何をしている。そこにあるは用人ではないか、それに首の無いその遺骸は、童(わらべ)か、ひょっとして」
足軽が槍の柄で褌の包みを開いた。
一同からオオッという声が上がった。

「これは跡取りの首ではないか、それも褌に」
亀吉がとっさに答えた。
「はい、たまたま遭遇しまして。いま首を落したところでございます」

「貴様ら、うちの者か」
「そうではございませぬが、この二人をそうだと察してお味方した次第にございます」
「敵方ではあるまいの。正直に申せば命は取らぬ」

「いいえ敵方に非ず、戦の終わりを見届け、勝手ではありますが落人を探して」
と亀吉が一世一代の大芝居をかました。
「落人狩か」
と閻魔はつぶやきながら、じっと二人を見ている。

そして閻魔はそばの侍に命令した。
「おい、アイツを呼んでこい。こいつらに会わせてみる」
誰が来るのか、それ次第でここで二人の首が飛ぶ。
二匹の鬼は消え、二人は人に戻っていた。
そしてこれから何が起こるのか。

閻魔はじっと二人を見ている。
そこへ足軽たちが誰かを引っ張ってきた。
傷だらけになって縄で縛られ近づいてくる。
二人は青菜のように萎れて下を向いたままだ。

足軽にひかれて誰かが二人の前に立った。
閻魔がその誰かに尋ねた。
「貴様、この二人に見覚えがあるか、おい二人とも顔を上げろ」
二人は震えながらそっと顔を上げた。

二人は恐怖で目が霞んでよく見えない。
相手が口を開いた。

「おう、鶴と亀ではないか」

あの白髪頭の侍の声だった。
あくる朝、二人に戻った鬼の遺骸が転がっていた。
首はどこかへ消えていた。


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