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口の中へ消える
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喫茶店で隣に座っている男女が高額な情報セミナーの話をしている。
読書どころではなく、耳をそば立てて聞いてしまった。
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暦の上では秋ですが、まだまだ暑いですね。という挨拶を何度もする。
仕事終わりに友人と飲み、シーシャを吸う。ビルの上の方から路上を見下ろすと目眩がした。
桜庭一樹さんの「彼女が言わなかったすべてのこと」を読む。
読み進めるたびに息が詰まった。ノスタルジーと、今もなお続いている破滅衝動が同時に襲いかかってくる。どうしようもなかった怒りと苦しさを思い出し、その頃の自分を慈しむことしかもう出来なくなっていた。でもまだ確実に私のどこかに存在する13歳の私は、桜庭一樹さんの作品に強く呼応し続けている。
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スナップ写真が好きだと言ってもらえることが増えた。
あの暗いのがいい、ああいう雰囲気で撮ってほしいと依頼が来た時は驚いた。どうしようもなく屈託した方の私も好いてくれる人がいるとは。とても嬉しくて、いつもに増して全力で撮った。
ドミロンさんで「Blue in Green」という展示をした時、沖縄での風景の写真と女の子の写真を出した。
女の子の写真は売れるだろうと思っていたが、風景の写真も買ってもらえた。しかもチップまで頂いた。この反応が意外だった。私は自分の写真を愛しているが、他にも良しと思っている人がいる。しかも私が予想しているよりもたくさん。
自分のためだけに書いているこの日記も、楽しみにしていると言ってくれる人たちがいて、居心地がいいような悪いような気分になる。読んでくれる人たちに向けて何か出来ることは一つも無いのだけれど、読者がいる喜びも感じる。
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久しぶりにヨガへ。
先生に肋骨に触ってもらい、こんなに肋骨が開いている人は滅多にいないと言われる。
確かに肋骨がしっかりしているなと思いながら生きてきた。特にアンダーバストは身長体重に対して平均よりも大きい。呼吸が浅いという実感もある。
先生に自宅でも出来るマッサージやストレッチを教えてもらった。
同世代の同性の中で、私は体の基礎がしっかりと丈夫だと認識していた。健康そのものだと思ってもらえるはずだ。フィジカルエリートとまでは言わないけれど、恵まれた体格と体質だとも思っている。
しかし、ここ半年は筋肉も体力も免疫も目に見えて落ち込んでいる。何年も風邪をひいていなかったのに、半年のうちに2回もひいてしまった。
私の身体も万能ではないこと、今までは万能だったかもしれないが、これからはそうではないことに怯えている。自分の肉体に裏切られたような気持ちにさえなる。
体力を過信し、自堕落な生活に甘えている自分を恥じた。以前のようにジムに足繁く通い、栄養が完璧な食事を摂るのは今となっては難しいし面倒だが、少しずつ改善していきたい。
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夕方からは女の子の家に泊まりに行く。
車で迎えに来てもらった。
他の人たちのおしゃべりを聞きながら窓の外をぼんやり見ていた。
夕方の、沈みかけの太陽の色を受けた雲が見えた。青い空に真っ赤な雲が浮かんでいた。
女の子の運転する車は赤い雲に向かって突き進んでいる。なにか些細なきっかけがあれば、もしくは些細なことが共鳴しあえば、雲の中に入っていけるのではないか。
例えば、車内にいる誰かが少しだけ悲しいことを思い出す、とか、私の一瞬の希死念慮、女の子のハミング、香水のかおり、冷房の風が揺らす髪の流れる音、本人もまだ気づいていない小さな頭痛。
人が何人か同じ空間にいると、何をしていなくてもいろんな情報が入ってくる。言葉では説明しきれない小さな情報を無意識にかき集め、脳の中でぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる。ぐちゃぐちゃの中から、宝石のような、きらきら輝く物を見つけることが出来たら雲の中を通っていける。そして2度と、雲の中を通る前の世界には戻れないのだ。
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私は睡眠に対しては特に神経質なので、女の子が配慮をしてくれて一番いいお部屋で寝かせてもらう。
天井についているファンが回っているのを見ていると目が回りますよ、と教えてくれた。
目でも回そうかとベッドに寝そべりジッと見ている。常に立っているブレインフォグも、このファンが散らしてくれればいいのに。
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楽しかった日の帰り道。
車の中からぼんやり外を見ていた。過ぎていく大量の街頭や夜景が眩かった。暗闇に灯る様子は正に道導で、この道の先に確かに自宅があり、そこを目指して少しずつ戻っているのだと実感出来た。
今日行ったプールは撮影禁止なので、プール内で見た美しい物事を忘れないように思い出している。
水面越しに見えるペディキュア、ピンクと水色の浮き輪に当たる夕方の光、女の子の濡れた肌、跳ねた水が円をかく様子。
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大雨の中病院へ。
以前だったら行かないという選択をしていた。医者の前では押し黙っていたが、行かないよりは良かった。
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睡眠薬を飲んでからものを食べる。味も熱さも香りも半分ほどしか感じられない。
風邪をひいているときに食べることと似ている。
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自分の感情は自分にしか向かない。他者に向ける事が出来たら、私はもっと何かが強くなるのだろうか。
人に分かってもらいたいという気持ちも薄れていく。人を分かりたいという気持ちも。聞いたとて分からないのだけれど、でもそれでも知りたい。やっぱり他人なんだな、と腹落ちすると安心する。
情に薄くとても冷淡だと感じる。一方で、このくらいの距離感が程良く、居心地が良いとも。
今日は誰とも会わなかった。
孤独で内省的なのが自分の本性だと思っている。こういう日は心から安らげる。自分の悲しみも、愚かなところも、一心に受け止めることができる。
多忙で刺激が多い日常では、私は常に目をぎらぎらさせて、そわそわとせっかちに動きまわっている。全てをオフにして過ごす今日のようや日は、自分の感情を素直に感じ、受け止めることが出来る。
「私は傲慢で自意識過剰な人間なんだ!この自己中心的な性格を何とかしないと皆んなから見捨てられてしまう!怖い!!!!」と布団の上でのたうち回っていた。
思う存分苦悩したあとは、「それでも自分を愛そう、そんな私も好きだ。欠点は少しずつ修正していけばいい。余裕がある時は人も愛そう」という、いつもの結論が出る。
こういうことをひとしきりやると、妙に心が落ち着く。
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裸で突っ立っている日。
絵描きの方に、今まで描いたモデルさんの中でダントツにポーズが素晴らしい、と言われる。鼻高々になる。
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なんだか妙にめそめそし、悲しくなってしまう日。
以前に比べれば減ったが、こういう日は未だにある。仕事がある日で良かった。
美しいスタジオと天使のようなお嬢さんのおかげで、気持ちも楽になった。
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毎日撮影がありとても充実している。
ただ、撮影=大荷物を抱えて移動する、という意味でもある。毎日5〜10キロほどの機材を背負うなり引っ張っるなりして運んでいる。
帰宅して荷物を下ろすと、ほっとすると同時に疲れも襲ってくる。主に肉体的な疲れだが、「明日もこの重たいものを持って歩くのか」という予期疲れも含まれている。
でも今日の撮影も楽しかったし、仕事帰りにご馳走も食べた。
お茶をしたデニーズの窓から見える景色が好きだ。座って窓の外を見ているだけで、車や歩行者が勝手に移動していく。
明日も張り切ってたくさん撮りたい。
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やらなければいけないことは100個以上あり、やりたくて仕方ないことはもっともっと多い。
疲労が蓄積しているので体から悲鳴が聞こえる。時間も体力も有限だと体感している。なんというか、今までとは違う死の恐怖を味わっている。
1日の終わりに目眩がする。
たくさんのものを見たり聞いたり感じたことを処理出来ずにいる。必要なものしか無い我が家ですら、ごちゃついて見える。情報量が多いと体力の消耗が激しい。
こういうときはひたすら眠って混沌とした夢を見るか、観慣れた映画を流しながらぼーっとして過ごすのが良い。友達とお茶でも飲みながら長話をするなどのアウトプットは、体力が回復してからでないと無理だ。
色んな人の感情を受け止めて整理整頓することが出来ず、混沌しているのかな?とも思う。
9/15
友人のお誕生日会で、お寿司を食べる。
職人さんが目の前で握ってくれたお寿司を、一度お皿に置く事なく、そのまま手で受け取って食べた。
紙やパックに包まれていない食べ物を素手で受け取り、口に運ぶという行為に興奮した。美味しいうえにエロティックなので混乱して昏倒するかも、と怯えながら飲み込んだ。腹に落としても落ち着かなかった。
生命を維持するための食餌とは全く異なる、贅沢な行為を知ってしまった。
もっと食べたい、いや、食べさせて欲しい、と強く願った。下心満載で食べるのがこんなに楽しいとは。今まで知らなかった。
興奮で口を効くのも躊躇ったが、あんまりに黙っていると不審だろう。「やばい、美味しい」などの無難な感想を口にした。ふしだらな気持ちで食べているのが、皆んなに気づかれていなかっただろうか。
柚木麻子さんの「その手をにぎりたい」という小説にもこういった描写があった。高級寿司には縁がないので、読んでもいまいち理解を深められずにいたが、これからは違う。主人公の感情にどっぷり浸かって読み直そうと思う。
今まで知らなかった楽しみに気づくと、しばらくはそれに夢中になる。当分はにやにやして過ごすことになる。
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