ウクライナ政府にデフォルトの危険はないのか?【ウクライナ×MMT】
ロシアによる今次ウクライナ侵攻から早7ヶ月余りが過ぎたが、戦況の長期化に伴い、ウクライナは国際機関や欧米などから財政支援を受けている。
さて、MMT(現代貨幣理論)の議論に親しい人には、自国通貨を発行する政府は、自国通貨での支出を行うために収入を得る必要も融資を受ける必要もないことは知られている。ウクライナは、自国通貨フリブナ(フリヴニャ、hryvnya)を発行している。MMTに批判的な人であれば、「自国通貨を発行するウクライナは財政制約がないはずなのに、何故財政支援を必要とするのか。やはりMMTはトンデモ理論だ」と言うかもしれない。
MMTに慣れ親しんでいる人なら、これに対する反論として「問題は為替相場制度にある」というシンプルな回答が出てくるはずだ。
そう、例えば自国通貨をドルに固定するとか。
ウクライナも自国通貨をドルに固定することで、財政スペースを自分で制限してしまっていたわけだ。IIF(国際金融協会)チーフ・エコノミストのロビン・ブルックスのツイートは、ウクライナの通貨制度問題を端的に言い表している。
これは、目下ウクライナと戦闘を繰り広げるロシアも経験したことのある問題だ。1998年、ロシアは政府債務のデフォルトに陥った。政府債務が自国通貨のルーブル建てであったにも関わらずだ。お察しのとおり、ロシアはルーブルをドルに固定しており、デフォルトする前に米ドル準備が調達できない事態に直面していた。もっともロシアの場合は、途中で変動相場に移行したにも関わらず政治判断からデフォルトしてしまったのだが。詳しくは、当時ロシア国債関連のポジションを保有していたウォーレン・モズラーによる分析が、ランダル・レイの『現代貨幣理論入門』(原著/翻訳)第6章第5節で紹介されているので参照してほしい。
レイがまとめているとおり、通貨を固定(ペッグ)してしまうと、そのペッグ制を維持するために十分な外貨準備を維持しなければならず、財政スペースが制限される可能性がある。外貨準備の枯渇は、「固定為替レートで交換する約束について即座にデフォルトとなる恐れがある。」(Wray, 2015: 192)
以下はウクライナの外貨準備高の推移だが、2014年は当時の東部情勢の悪化を受け、貿易額や鉱工業生産高が急減し、対外債務が増大し外貨準備高が減少した。この際には、IMFや世銀、EU及び欧米諸国等から財政支援を受けている(外務省HP)。そしてIMFの(悪名高き…)条件付き融資では、ウクライナに緊縮財政をはじめとする改革の実施が要求された。上記の外務省HPの概要を見れば、今回の戦争に限らず、ウクライナが外貨準備の減少に直面するたび、国外からの財政支援に頼るという状況に陥っていることが分かる(概要を書いた役人は意識していないかもしれないが、財政問題はいずれも対外債務や外貨準備に起因している)。
フリブナ/ドルの固定相場制を貫く以上、国外から財政支援を取り付ける必要に迫られるわけだが、これ以外にウクライナが行なっている対策が、通貨/為替レートの切り下げだ。
もっとも、通貨/為替レートを切り下げて一時的に切り抜けたところで、外貨収入が必要な状況に変わりはなく、外貨を得るため輸出産業を強化しようにもウクライナは戦争の真っ只中にいるのだ。戦争下で供給能力は著しく毀損されているにもかかわらず、軍事費の財政需要は継続する。国外からの財政支援といっても、当然、国内財政のビルトインスタビライザーのように自動的にお金が振り込まれるわけではない。各国/各機関が裁量的に行なっている政治判断でしかないのだ。欧州をはじめ、この戦争によって経済悪化を被っている国での世論がいつまでもウクライナ支援を支持する保証はない。先のツイートを投稿したブルックスが指摘するとおり、こんなことは「持続不可能」である。
自国通貨を発行するだけでなく、変動相場制を採用することが財政スペースを最大化する条件であり、固定相場とは畢竟、自国通貨以外の通貨にコミットすることを意味する。他の通貨や貴金属との交換を約束しない「不換」貨幣を持つことが通貨主権の確立に欠かせない。
これは、よく言われるような「MMTが適用できる国と適用できない国がある」ということではなく、MMTのレンズで見れば、財政上の政策余地が大きい国と小さい国が明らかになるということだ。
ウクライナのケースでは、ドルとの交換へのコミットにより政策余地が制限され、外貨準備を維持するために、(1)輸出産業の強化、(2)国外からの財政支援、(3)通貨/為替レートの切り下げといったカードが必要となるが、いずれも国際情勢に左右されるリスクがある以上持続不可能である。またこうしたカードはグローバリズムへのコミットを強めることになるだろうし、それは国際金融危機やパンデミック(サプライチェーン)、賃金切り下げ競争などのリスクに対する脆弱性を高めることになろう。
(以上)
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