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MMT×マクロ経済学ノート Part 2:マクロ経済学は死んだ学問
MMTを通してマクロ経済を考える試み、Part2。
(Part1はこちら。)
マクロ経済学では、経済行動の総体的な結果を研究する。「マクロ」(macro)という言葉はギリシャ語の「makro」に由来しているが、これは経済全体の観点から見たときの「大きい」という意味だ。(Mitchell, Wray & Watts, Macroeconomics, Red Globe Press, 2019: Ch.1)
マクロ経済学って何?という話だが、この「経済行動の総体的な結果」というのは、生産高の水準とか成長、失業、インフレといった現象のこと。
また、現象としてあらわれる「結果」とは別に、社会として追求される「目標」や「目的」といったものもある。国や地域の社会によって、社会全体が掲げるべき目的(公共目的)というのは異なるが、マクロ経済学では「完全雇用」と「物価安定」が中心的な命題になっている。
完全雇用とは「労働力をはじめとする利用可能な経済資源を限界まで活用すること」で、マクロ経済学の重要な目標になっている。要するに、マクロ経済学は「いかにして完全雇用を維持しつつ、同時に物価の安定、つまり物価の上昇率を低く安定させるか」を追求する学問。なぜこの二つの目標が重視されるかというと、「物価が安定した環境下で実質生産高を確保することができ、国民の繁栄と福祉に貢献することができる」(Ibid.)から。
こうした「公共目的」(public purpose)の実現には、マクロ経済の現象の分析が欠かせない。MMT(現代貨幣理論)が特徴的なのは、失業やインフレといった現象の主要な決定要因を、「通貨システム」の中で理解することにある。
すべての経済は、取引を容易にする手段として通貨を使用している。通貨が経済に流入する仕組みと、通貨の発行者である政府が総体的なレベルでの結果に影響を与える役割は、マクロ経済学の重要な部分である。(Ibid.)
経済学でいう正統(新古典派)と異端(マルクス、ヴェブレン、ケインズら)は、Part1でも述べた通り、個人主義に基づく合理的経済人と、習慣や伝統の影響を受ける社会的動物といった根本的な人間観から異なっている。MMTもまた、こうした異端の人たちから影響を受けている。しかし、MMTがそうした異端の中でも一線を画すのが、「資本主義経済における貨幣制度」への洞察だ。
他の異端派と違って、MMTは「通貨の発行者は財政的な制約を受けない」という点を重視している。政府など通貨を発行している側は、同じ通貨が不足することはあり得ないし、その通貨で債務不履行になることは(デフォルトすることを政治的に決断しない限り)あり得ない。だから自国通貨を発行する政府の財政を、家計や企業の財政と比較するのはおかしいと考える。
自国通貨を発行すること以外にも、為替制度の違いもMMTが重視する要素の一つ。70年台のアメリカは金兌換をやめて、戦後の固定相場制を終わらせた。それまでのブレトンウッズ体制(と二つの世界大戦を挟んで存在した金本位制)では、通貨は金と兌換することができ、為替レートは米ドルに固定されていた。この制度では金やドルを蓄積することが必要になり、緊縮財政や高金利政策を使って貿易黒字と強い通貨を得る必要があった。金兌換停止によって、ほとんどの政府は自国の通貨を変動させ、外国為替市場で自由に取引できるようになった(Ibid.)。
なぜこの話が大事かというと、為替レートが柔軟な方が、外国通貨に対して固定された平価(為替レート)を守る必要性が低く、財政・金融政策を完全雇用と物価安定のための支出に専念させることができるから。自国通貨を発行していて、かつ変動為替相場制度を採用していれば、為替レートを守るために外貨をたくさん溜め込む必要はない。MMTが「オーストラリア、英国、日本、米国のような通貨発行国の政府が資金不足に陥ることはない」と断言するのは、これらの国が自国通貨を発行するだけでなく、変動為替相場制度を採用しているためだ。フルに支出をするキャパシティを持つのがこうした国々。
で、標準のマクロ経済学の教科書がおかしいのは、書かれている分析のほとんどが「金本位制」の論理に基づいている点。だって現代は「不換紙幣(fiat money)」システムなのだから。そうなると今の経済政策の考え方自体も、70年代までの金本位制で思考がストップしているという話に…。
日本では「活道理」「死道理」、西洋ではオルテガという人の言った「生理性(vital reason)」なんて言葉があるけど、MMTでマクロ経済学を見直すというのは、そうした化石みたいな「死んだ学問」をちゃんと現代に合わせた「生きた学問」にする意味合いがあると思う。
参考文献:
William Mitchell, L. Randall Wray & Martin Watts, Macroeconomics, Red Globe Press, 2019