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自分が個人的・主観的に思うマスメディアのこと


マスメディアとは

マスコミュニケーションを行うメディア媒体のころであり、新聞や出版、放送を指す言葉である
ただしこの世にはいろんな差別を生む可能性があるなぜだか見ていこう

まず初めに大事なことはこれはあくまでも専門書などを読んだ僕個人の偏りもあるから、そこを気をつけて読むこと
炎上についてはこれがある


他人の不幸は蜜の味の気持ちが生まれる由来




マスメディアと偏見との関連

マスメディアは偏見報道とネットで聞くが、ネットもマスメディアのうちに入るのは知っているだろうか
メディアにはいろいろなタイプがあり、テレビで放送されている場合もあれば、SNSへのメディア媒体もある
じゃなんで偏見が生まれるのか?
それは個人の思想や思考など主観艇に相手や対象物を見ることによって、仲間であるかその人は危険かどうか見分けることができる能力が人間にあるからだ
実際にこの偏見の先入観をステレオタイプと心理学では言うらしい
ステレオタイプとはその人々のものの見方の偏りである
そして、同じ仲間を守ったり、違う人種を切り捨てたりする行為を外集団同質性バイアスともいわれる


じゃなんで、偏見が生まれるのか?

偏見自体は誰でもある認知の偏りであり、自然なことでもある
なぜこの偏りが生まれるのか?
人間は人と比べるときに、それを自分と同じ気の合う人間と付き合おうとする。それは自然なことで危険な人がいた場合は、それを避けることによって、人間は自然界を生きてきた
言えば人間の本能であるのだ
だから、偏見という偏りが出てくるのである
これをない集団びいきと言って、自分の気に入っている人や集団は優しく接し、絆や何をしてもかまわないと認識する
逆に、外的集団言えば、他人は嫌いで気まずいなどの外のグループを本能的に嫌うこれを外集団びいきである
そして、ここに人間がどうしても陥ってしまうのは、外集団同質性バイアスである
これにより、異物は異物であり、異物ではないものを好きになるということが無意識になって脳が情報処理をしている
ここで先入観が生まれる
これが人を決める基準となっていくのである

SNSなどの誹謗中傷などはなぜ?

SNSに限らずに言うと、マスメディアや日常にあふれる誹謗中傷などのいじめなどはなぜ起こるのか?
これはさっきも言った通り、外集団同質性バイアスが動いている可能性がある
そして、もう一つ動いているのが、社会的比較説である
社会的比較説とは例えば自分が、ある対象に対して、その対象が失敗やミスをしたときに優越感や万能感を感じてしまう。もしくは、対象が成功などをしたときには妬み、さげすみたいを思うし。バカにしたいと思う
最初に言った言葉で当てはまるのが、下方比較で後に言った言葉が上方比較である
下方比較とは自分よりも対象が下に見ることであり、それに対して優越感を持つことを言って、上方比較は対象が自分よりも上の存在であると不快感を持つという社会心理学用語である
ここで共通しているのは、自分と重ねることであり、その対象を見ること
これを投影という

これにより群集心理が働き、集団の意見の相違を間違った方向にもっていく偏りを集団浅慮という

これに一体感が生まれ責任の所在や考え方が偏りまくる現象を集団極化という

そして、そこに匿名性がついたり、噂に関してはそのうわさの曖昧さや日常の重要さなどが当てはまると一気に重なると一気にSNSは炎上してしまう
これをエコチェンバー現象という


じゃなんで、その人たちは正当化するのか?

じゃなんで、その人たちは正当化するのだろうか?
それは自分が間違ってしまったという罪悪感から、自分の意見は多分間違っていないなどの矛盾を抱えて、その膨大なストレスを逃がそうとすることを認知的不協和という
これによって人間は危険なものから、身を守ってきたのだ
別にこれは悪い認知の歪みではない
自然にある歪みでもあるのである

ではどうすればいいのか?

まず一つ目は瞬間的に面白そうなことや瞬間的に本当かどうかわからない時には冷静になって考えて、本物か偽物かを判断することが大切である
そして、複数の情報や根拠を冷静に見てみるのも手になる
そして、二つ目の対策は認知の歪みが存在することを自覚することによって、自分はこういう人間であるという自分を知ることが大切であること
三つ目は本人に必ず事実かどうかを聞くのが大切であり、つまり情報の透明性が必要である
透明性とはどういうことかというと、本当にその人がネットやマスメディアで伝えない気持ちや感情を理解することが重要である
簡単に言うとコミュニケーションが大事って話になる

まとめ

まとめると人をたたくときなどはいろんな認知バイアスや偏りがそうしているのを築くことが大事
ぼくなんてほぼ毎日認知が歪んでいるので、僕も偏見があるから偉そうには言えない
そう僕だって、偉そうに言えないのであるから大丈夫さ
認知の歪みは誰でもあるのでそこを認識すればいいと思うぞ



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