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夏目漱石著『それから』読書感想文


『門野推し』



本作は、重苦しいテーマを扱いながらも登場人物の心情が、花やその花の香り、その色と共に鮮やかに描かれている。

父に呼ばれ佐川の娘を貰うよう言われた後、気分の優れない代助は真っ白な鈴蘭を鉢に漬ける。そしてその花の香を用いて世間との調和を図り、眠りに落ちる。

そして白い大きな百合は代助と三千代にとって特別な花だ。その花の香りと共に、二人の思いが何度もこの花の存在を通して描かれている。

一方で、庭に咲いた赤い薔薇の花や、柘榴の花は、彼の気分を重苦しくさせる。

終盤では様々な赤い色のした物が、気でも狂ったかの様に描かれている。

白は彼が彼自身でいられる色を表し、赤は彼という存在が危ぶまれる危険な色として表されている。

作中ではもう一人、花と共に描かれる登場人物がいる。門野だ。

父から勘当を言い渡され、思いを紛らわすかの様に、代助が門野と戯れる描写がある。

(引用始め)

2人とも裸足になって、手桶を一杯ずつ持って、無分別に其所等を濡らして歩いた。門野が隣の梧桐の天辺まで水にして御目にかけると言って、手桶の底を振り上げる拍子に、滑って尻持を突いた。白粉草が垣根の傍で花を着けた。
p.306

(引用終わり)

白粉草を知らない私は、赤い花かな?それとも白い花かな?と疑問に思いネットで検索してみると、赤、白、黄、の他に、紫や、赤と白が混じった花をつける植物である事が分かった。門野らしいと言えば門野らしい。白粉草が作中でどの色の花を着けたかは分からない。だが、その花の名前には"白"が入っている。

益々シリアスになる物語終盤、空気も読めず、いや、むしろ空気を読んでか、一人ドジこいて尻餅をつく門野は、この時のみならず、何度もこの暗い物語の緊張から私を解放してくれた。悶々と思い悩む代助を、実は影ながら最も支えていたであろうこの門野という男が、私は結構好きだ。

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