見出し画像

太宰治著『日の出前』読書感想文


『登場人物、全員悪人』



人間は様々な集団を形成するがその中でも家族ほど結束力が強い集団はない。しかしその強い力故にその関係は時に異常なものとなる。家族問題なんていうものはグラデーションこそあれど全ての家族にある。結束力が強い故に繊細で、微妙な問題があらゆる家族関係には常に孕んでいる。

この事件の発端はそもそも誰に、どこにあったのか。クズの息子か、息子を縛る父親か、泣いている母親か、無能な妹か、或いは友人か。

とんでもないクズ息子に支配される話かと思いきやどうやらこの家族達にもかなり問題があるらしい。殺人を計画しながら同じ屋根の下で暮らすなど正気の沙汰ではない。この父親は一体いつから悪人になったのだろうか。元々悪人だったのだろうか、それとも、ある日を境に悪人になったのだろうか。はっきりした事は分からない。だが、息子への話し方が変わるその時には、もう悪人だったに違いない。なにより、父親の話し方が変化しようとも何も察することのなかった勝治は、最期までおめでたい人間だった。

先日、信州読書会によるクズの定義についての雑談を聞いた。着物を勝手に売ったことを妹に問いただされ、開き直りながらタップダンスを踊る勝治はクズを体現したような男だ。彼が時折発する「サアンキュ!」「オーライ」「ダンケ」という言葉からは、見事なクズ特有の不快感を感じた。明日から使おう。これらの彼の癖が事実かどうかは分からないが、太宰のクズ演出は中々笑わせてくれた。いや、これは実際に起きた事件であり、多分今も何処かに勝治はいるのだろうから笑えない。

そして今も勝治に保険金をかけ虎視眈々とその機会を窺っている家族は恐らく、いる。

勝治の死はあっけなかった。残された家族が最後に残した言葉には憎しみを通り越した静けさがあった。物語を通して不快感を抱き続けてきた勝治よりもこの静けさにこそ、圧倒的な不気味さを感じた。それは私の知らない静けさだった。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?