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大切なことはみんなエレベーターに教わった

私の長男、ハルには自閉症スペクトラムがあります。小学校の支援級に在籍しています。今回は、そんな彼と、彼の愛するエレベーターとの物語。

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長男ハルはエレベーターをこよなく愛する男である。

ボタンをポチっと押せるのも

大好きな数字が到着階を表示して、順番にピカピカすることも

扉の開閉や到着階のアナウンスが入ることも

エレベーターの何もかもが、彼を魅了してやまないのだ。


そしてひとたび乗り込めば、彼は瞬時にエレベーターボーイと化す。「3階です!!!」などと、かなりの音量で到着階をアナウンスしだすのである。そこに人が乗っていようが全くおかまいなし。「ごうんごうん」 とか「ぷしーっっ」とかいうドアの開閉や何かの機械音まで正確に再現する。

うん、これはエレベーターボーイではないな。もはやエレベーターそのものと言っても過言ではない。

身も心もすっかりエレベーターと一体となっている様子である。


スーパーなどで彼を見失えば、必ずエレベーター前にいる。江ノ島水族館に行った時も、生命の星地球博物館へ行った時も、イルカショーより原寸大の恐竜模型より、彼の心を惹きつけたのはエレベーターだった。

イルカショーをどうしても見たい私は、「イルカショー見たらエレベーター見にいってもいいよ」と言ってなんとかイルカショーへハルを誘導することに成功したのだった。彼にとっては、全ての展示物はエレベーターの前座にすぎないのである。

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ハルの言葉と、エレベーター。

ハルは言葉の発達が遅かったのだが、そんなハルの言語習得にもエレベーターが一役買っているのではないかと私は見ている。彼はいろいろな乗り物などのアナウンスやテレビのニュースなどから言語を習得した、という仮説を私は密かに立てているのだ。

一般的に、赤ちゃんは母親などの保育者とのコミュニケーションの中で言語を習得する。しかし対人でのコミュニケーションはその都度、状況も発せられる言葉のニュアンスも違っている。それよりも、繰り返されるアナウンスや、テレビ放送のニュースなどで読み上げられる言葉の方が、彼にとっては明快で聞き取りやすかったのではないかというのが私の推論である。

電車やバス、エレベーターなどの中で放送されるアナウンスを、いつも繰り返し口ずさんでいたハルの話す「が」の発音は、アナウンサーのような美しい鼻濁音なのである。そして基本、いつも敬語。結構難しい熟語を使ったりする。私がサンプルとは到底思えない。それは彼の独特な雰囲気を作る一つの要素にもなっている。


プラレールとエレベーター 奇跡のコラボの話

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▲えのすいのエレベーターで。

「遊び」の発達段階の中でも、エレベーターくんとの思い出深いエピソードがある。

私たちは、生まれてくると母親などの発声や動作を模倣する。そうして、表情の模倣、行動の模倣、遅延模倣(その場でマネするのでなく記憶してあとから模倣する)といった、発達段階に応じた模倣行動を自然に行うようになる。

このことは、私たちが他者を理解することや社会性を習得することにつながっていくと言われているのだが、自閉症のある人たちは模倣が苦手な場合が多く、他者の動作・行動の理解や社会性の学習に困難があると言われている。


そこで、ハルの受けていたABAセラピーでは、発達段階の中で自然に習得していくものを3年間かけてスモールステップで練習していった。

・音声模倣:先生が「あ」と言ったら自分も「あ」という 
・動作模倣:手を挙げる、立つ、座るなど 
・遅延模倣:手を挙げる→先生が手を下したあと、「ハイ」と言われてから手を挙げる など  


遊びについても同様に、

・並行遊び(先生と同じように同じもので遊ぶ)
・見立て遊び(積み木をミニカーに見立てる など)
・ごっこ遊び(おままごとなど) 

というふうに練習していったのだが、一緒に子育て支援センターや療育の親子通園などでハルと遊ぼうとしてもなかなかうまくいかなかった。赤ちゃん用の、ボールがくるくると落ちてくるおもちゃ一人でずーっとやっていた。


プラレールはどうだろうと買ってみたが、レールを組んだり電車を走らせたりすることに興味はなく、新幹線の発射アナウンスが流れるスイッチをループ再生並みにエンドレスで押しまくる。ついにはうるさい!とぶちぎれた旦那が全ての音が鳴るおもちゃの電池を抜いてしまった。


そうしてプラレールはおもちゃ箱の奥底に収納され、すっかり忘れ去られていたある日、家の中で遊んでいたときのこと。

ふと見ると、ハルがプラレールを両手に一つずつ持って、何かぶつぶつつぶやいていた。

「扉がしまります。ウィーガシャン。」「扉が開きます。」

プラレールで、エレベーター。扉と機械音とアナウンスの完全再生。

あれ、これってまさかの…見立て遊び??


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▲その後、山手線の混んでる電車の中でも応用してたハル

えーと…見立て遊びって…こんな?なんかもうちょっと…積み木を車みたいに動かしたりとか、ロケットみたいに飛ばしたりとか…。

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▲積み木でもエレベーター作ってた

私の中の「見立て遊び像」はもろくも崩れ去り、クリエイティブすぎるプラレールの使い道に度肝を抜かれつつ、改めて「この人おもしろいなー」と思った。そして、ハルはハルのペースで成長してるんだよな、と感じてなんだかじーんとした。


エレベーターごっこと、その後の話

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その後、せっかくだからこれを生かしてごっこ遊び的な何かができないろうか??と考えた末、我が家ではエレベーターごっこなる遊びが開発されたのである。

<エレベーターごっこのやり方>

用意するもの
プラレールの短くてまっすぐなやつ、2つ。

やり方
 
① お客さん役がエレベーター役の鼻を押す(押しボタンです)
② エレベーター役、プラレールの扉を開ける
③ お客さん役、エレベーター役の膝に座る
④ お客さん役、希望階数を言う「○階お願いします」
⑤ エレベーター役、プラレールを上下に動かす
⑥ 「扉が開きます。ご注意ください。ピンポーン。○階です。」とアナウンス
⑦ お客さん役、膝から降りる


これだけなのだがハルには非常にウケた。そしてこちらもエンドレスループ再生ブームとなったのだった。

現在9歳のハルは、エレベーターごっこはやらなくなったが、プラレールを扉に見立てるブームだけは根強く残っている。

お出かけの際にはいそいそと自分のリュックにプラレール2本を詰める。道中でエレベーターに出会うや否や、さっそうとそれを取り出し、扉の開閉とシンクロさせて開けたり閉めたりしているのである。ABAで身に着けたスキルが見事に生かされていると言ってよいのかどうか。


最近ではエレベーター待ちの人に声をかけて、エスコートまではじめてしまった。エレベーターボーイという職種があれば彼の人生は安泰なのにな…などとぼんやり思いながら、誰が乗っていても結構な音量でアナウンスを復唱するところはせめて音量調整を練習せねばと思っている。


参考:
自閉症の人は模倣が苦手? - 独立行政法人 国立特別支援教育所
ピアジェとヴィゴツキーの理論における認知発達の概念 : 言語習得研究への示唆
こどもまなびラボ ピアジェの心理学を知れば、子どもの発達がよく分かる!? 有名な「4つの発達段階」をまとめてみた
ウィキペディア 並行遊び

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