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顔面蒼白、忘れ物に思う事。うっかり先生、障害者雇用7割の会社を訪問する

2018年度に学研発行・実践障害児教育にて10回に渡り連載させていただいたコラムを、編集長に許可をいただきこちらへ掲載いたします。

ADHDうっかり元教師 雨野千晴のいつもココロは雨のち晴れ
<第8回 2018年12月号掲載> 
【顔面蒼白、忘れ物に思う事。うっかり先生、障害者雇用7割の会社を訪問する】

女の子のADHDは、頭の中が多動!?

久しぶりにやってしまった。電車の中に、荷物を置き忘れてきてしまったのだ。私はADHDの中でも、不注意優勢型と言われるタイプなのだが、ぼーっとしているから忘れ物が多いのかというと、どうもそういうわけではない。それどころか、頭の中は常にフル稼働、次から次に連想ゲームが行われているような状態であることが多いのだ。


心理士の友人に、その様を「女の子のADHDは頭の中が多動だからね。」と評されたこともある。女性のADHDは、多動が行動にでない不注意優勢型の割合が男性よりも多いが、頭の中は活動的な方が多いようだ、との私見を話してくれたのだ。言い得て妙なものだ、と納得してしまった。

また、作業を始めると時間や状況を忘れて没頭してしまうこともよくある。その日は電車内でパソコン仕事を始めた結果、自分が降りる駅に着いたことに気が付くのが遅れ、大慌てで飛び降りたところ、忘れ物をしてしまったのだった。

会社についてから初めてそのことに気づいた私は、顔面蒼白で社長と出社していた他の社員に報告し、忘れ物センターへ問い合わせた。しかしその時点では見つからず、生きた心地のしないまま時間が過ぎて行った。



社員の7割が障害者雇用 日本理化学工業株式会社を訪問する

今年(2018年)8月に私が主催した、「あつぎごちゃまぜフェス」の中で、「障害」と「働く」を考えるトークコーナーを開催した。登壇者の一人に、日本理化学工業株式会社の社員、佐藤亜紀子さんをお迎えした。

▲写真右が佐藤さん。あつぎごちゃまぜフェス2018「働く×障害パネルトーク」にて。

社員の7割が障害者雇用であり、かつ利益も上げているという稀有な会社だ。「人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされること」であるとの信念を持って障害者雇用を58年に渡り続けてきた企業である。先日、こちらにご訪問させていただいた。

▲現役の小学校教諭でありながら、障害のある方のキャリア教育について研究されている深山先生と、自閉症療育アドバイザーのshizuさんとの訪問。佐藤さんの説明を聞いているところ。


佐藤さんは、障害のある方と接する機会が全くない職場から転職して今年(掲載時2018年)15年になる。入社された当初、障害がある方は、できないことがたくさんあるのだろうと考えていたという。しかし共に働く中で、その考えは大きく変わった。

「私は、みんなにできないことは、一つもないと思っているんです。」

佐藤さんは満面の笑みで、そう力強くおっしゃったのだった。障害の程度としては、重度の方も多く、言語による表現が難しい方もおられるにも関わらず、だ。


私の見学時に作業されていたAさんは、以前は強いパニックがあり、勤務中のトラブルも度々あったのだとか。その中で一つひとつ経験を重ねてこられ、勤続37年目の現在は、リーダーとして他の職員を指導する場面も多いとのこと。皆さんの作業の様子を見学させていただきながら、佐藤さんはそんなふうに社員一人ひとりの働きぶりについて教えてくださった。


作業場では、それぞれの職員が力を発揮するための視覚支援や道具の工夫が随所に見られた。そして何より、その人の可能性を諦めず、信頼し、共に働くという皆さんの在り方が、障害の程度に関わらず、生き生きと働くことのできる職場作りの土台となっているのではないかと感じた。



期待に応えたいという思いが、人を成長させる

さて、通勤途中の忘れ物を報告したあと、青ざめている私の隣に座っていた同僚が、誰に話すともなく、

「いやぁ、これは笑い話として聞いて欲しいんですけどね。」

と話し出した。

「僕が今までに一番失敗したなぁと思ったことは、精肉店でアルバイトをしていたときに、機械へ手を突っ込んじゃった事ですね。あ、これ、笑うところですから。」

ははは、と笑う彼の片手は義手なのだった。


1年程前だったか。社長が、いつも車を止めている駐車場で働いていた彼のことを「笑顔で声がけの良い青年がいる。入社してくれないかなぁ。」と話してくれた。顔を見るたびに「うちで働かない?」と言う社長に根負けしたのか、今から3ヵ月前、彼の入社が決まった。

主に運転手として働いているのだが、パソコン業務や電話対応を任されることもある。私と同様、ビジネスシーンの初心者である彼は、環境の大きな変化への戸惑いや、名刺交換など、両手が使えないと工夫が必要となる場面での不便さもあったことと思う。

それでも3ヵ月という短い期間で、彼は着実に変化を遂げている。パソコンは嫌だ、やりたくない、と言っていたのに、今では家に持ち帰るほどに。そして、社長にでも誰に対しても、「それはおかしいんじゃないですか。」なんてズバッと言えて、独特のユーモアでみんなを笑わせてくれたりするところは、始めから変わらない。そんな彼と一緒に働けることを、私は誇らしく感じている。(その後、忘れ物は清掃員の方が見つけてくださった。)



1mmでも前に進むこと

人は、成長する。それは一人の例外もなく。「できない」のある自分でもいいと、自分を受け止めたその先で、どんな未来を描きたいか。その可能性は、きっと無限に広がっている。本当の本当に、自分が心から望むのなら、どんなことだってできるのかもしれない。1ミリでも前に進むと自分で決めることができさえすれば、その先に必ず成長はある。

そして、一人では困難なときにも、自分の成長を信じてくれる人が、そばにいてくれさえすれば、人は最大限の力を発揮することができるのではないだろうか。それは、会社でも学校でも親子関係でも、同じような気がしている。


そう考えたとき、私はチームの一員として、信頼して仕事を任せていただける、そういう自分になりたいと思った。笑ってください、と言った、彼の優しさに応えたいと強く思ったのだ。さぁ、そのために、今の自分に何ができるか。1ミリのところから、考えようと思う。


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■女の子のADHDは頭の中が多動
はじめにこの話をアメブロに書いたとき、読者の方から大きな反響をいただきました。当時ブログを読んでくださっていたモンズ―スーさんから、「これを漫画にしてもいいですか?」とメッセージをいただき、その後なんと!モンズ―スーさんは公式ブロガーとなり、書籍も出され、このときの漫画も掲載されていました。ありがたすぎる。

■義手の彼について
今はこの男性も私も転職していて、彼と会う機会はありませんが、自分を励ましてくれる存在の一つとして、あのときの彼の表情や言葉、自分が感じたことを、ずっと大切にしていきたいと思っています。

■日本理科学工業さんについて
あつぎごちゃまぜフェス2018年、2019年とアート体験コーナーで日本理化学工業さんの水溶性チョーク、キットパスを使わせていただきました。
キットパスの製造ラインは障害者雇用の社員さんだけで担当されているそうです。

運営スタッフの木村忍ちゃんがインストラクターをされていて、日本理科学工業さんとキットパスについて教えていただいたことがきっかけでした。

忍ちゃんのご縁で、佐藤さんにトークイベントに登壇していただき、しかも深山先生が研究のための調査・ご訪問にフェス翌日訪問されることが決まっていて、図々しくも私とshizuさんは多動力を発揮して「私たちも行きたいでーす!」と言ってご一緒させていただいたのでした。

本当にありがとうございました。とっても素敵な会社です!^^

■shizuさんのレポ記事はこちら

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