「よいこと=利益」につながるビジネスモデルの作り方
時代が利潤を中心とした利潤資本主義から、人や社会にとってよいことを判断の基準とした倫理資本主義へと移り変わる中、社会価値と経済価値を両立させた経営モデルが求められています。
GOB Incubation Partnersではこれを「見識業」と呼び、その立ち上げプロセスを模索、提案しています。
前回までに見た通り、見識業は「ビジョン形成」「ビジネスデザイン」「組織デザイン」の3フェーズを順に進むことで、自然とそれに必要な要件を満たすことができます。
今回はフェーズ2に当たる「ビジネスデザイン」の内容を、GOB代表の山口高弘(やまぐち・たかひろ)が解説します。
フェーズ2:ビジネスデザイン
フェーズ2の「ビジネスデザイン」では、価値を利潤に変換するためのビジネスモデル開発までを見ていきます。
ステージ4:循環価値の定義と価値の階層化
これまで解説してきた通り、一面では、見識業とは社会価値と経済価値を両立させる経営モデルだと言うことができます。
そしてこの社会価値と経済価値はそれぞれ、社会価値が「顧客社会価値」「ステークホルダー社会価値」、経済価値が「入口経済価値」「熱狂経済価値」の4つに分けられます。
このうち顧客社会価値については、1つ前のステージ3で定義しました。ステージ4ではさらに検討の幅を広げ、ステークホルダー社会価値、熱狂経済価値、入口経済価値についても考えていきます。
なお、この4つについて顧客が価値を感じる順番と、企業が検討すべき順番はそれぞれ第5回で示した通り(下図参照)ですが、以下で繰り返します。
顧客の立場では、「入口経済価値」で商品を認知し、「熱狂経済価値」が購入の決め手になり、実際に製品を使った結果、「顧客社会価値」で満足し、「ステークホルダー社会価値」へと広がっていく、といった流れで進みます(そしてこれら一連の価値の総体をGOBでは「循環価値」と定義している)。
一方で、企業が事業を開発する場合、まず考えるべきは、顧客社会的価値です。そこから一段深くステークホルダー社会価値へと向かい、顧客に社会価値を受け取ってもらうための導線を組み立てるために、再び熱狂経済的価値、入口経済的価値へとボトムアップしていきます(中間にある顧客社会価値からさらに底流の価値としてのステークホルダー社会価値へと潜り、そこから経済価値に上昇していくという意味で、この流れをミドルボトムアップと呼ぶ)。
ステージ5:参入市場の定義と商品サービス開発
参入市場の定義
顧客やステークホルダーに対して届けたい価値が明確になったら、次にその価値を届ける「場」「媒介役」としてのマーケットを定義します。これも概要は第6回の後半で触れました。
フィットネスクラブのカーブスなら「フィットネスクラブ業界」、パタゴニアなら「アウトドア衣料のアパレル業界」です。市場を通じて価値を届けるために、価値がより多くの人々に、より深く届けるために最適な市場を見極める必要があります。
しかし見識業に限らず、価値を具体化できたからといって、そのまま市場も1つに絞れるわけではありません。
例えばカーブスが届けたい価値(下図)は、理論上はフィットネスクラブ以外の市場でも可能です。運動付きのカフェでもいいし、スーパーの一角で運動をする、はたまた地域のフェスでも実現できるかもしれません。
そこで、数ある選択肢の中からマーケットを評価するための5つの視点を持っておきましょう。
顧客社会価値は届きやすいか
ステークホルダー社会価値は届きやすいか
市場性はあるか
強みは活かせるか
独自性を保てそうか
商品サービス開発
届けるべき価値と、参入市場を特定したら、いよいよ商品サービスの開発です。しかし、開発に必要な要素は膨大に存在するため、ここでは「見識業」として押さえるべき点に絞って説明します。
見識業における商品サービスは、顧客の手に渡るまでの経済価値を届けるものとしての役割と、実際にそれを体験してもらった結果として社会価値を届ける役割の2つの役割があります。つまり、商品サービスという"モノ”でありながら、社会価値という"メッセージでもあるのです。
その点を踏まえて、商品サービスの開発にあたって考える切り口は、「深さ(表層/深層)」と「形(かたちのある/なし)」の2点です。
まず「深さ」について。社会価値とは体験しなければ分からない「深層」的なものです。一方で、顧客に想像、認知してもらうためにはある程度「表層」的である必要があります。ただし、見識業が対象とする"意識が高い”顧客にとって、「表層」過ぎる価値(「激安」など)は、逆にその見識を疑われかねませんから、「表層」と「深層」の中間でバランスを取らなければいけません。例えば機械製品なら「操作しやすい」くらいのイメージです。
続いて「形」とは。社会価値は概念的であり「無形」です。一方で、顧客に想像、認知してもらうには、五感で実感できる「有形」でなければなりません。必ずしもモノである必要はありませんが、簡単に言えば「触れられる」ものであることが必要です。顧客はそれに触れることで、深い社会価値を体感を伴って理解することができるのです。
ただし、とことん有形的である方がいいかと言うと、これもバランスが重要です。体感でのみ価値を感じるのではなく、ある程度は概念として受け取ってもらう要素も求められます。例えばAppleのMacBookは、パソコンというモノであると同時に、MacBookと共にあるクリエイティブな生活を想起させる概念でもあるのです。
この「深さ」と「形」の2軸を掛け合わせ、深層かつ無形に位置するのが社会価値、深層からやや表層に、無形からやや有形の位置にあるのが経済価値です。
そして商品サービスの開発においてもう1つ重要なのが、表層に近く、かつ有形に近い「ポジショニング」です。
顧客に商品サービスを選んでもらうには、価値が「分かる」こと、そして他の商品と「違うと感じる」ことの2つの要素が必要ですが、そのために必要な商品サービスの特徴をポジショニングと呼びます。これは、多くの場合キャッチコピーやパッケージなどで具体化されるものです。
商品開発では、社会価値と経済価値、ポジショニングの3要素を、バランスよく設計しなければなりません。
下図では3つの方向性を示しましたが、この左上と右下は避けなければなりません。左上は、有形的すぎるために概念として顧客に染み込んでいく要素が少なく、また表層的な要素が不足しているため、想像、認知しづらいものになってしまいます。
右下はその逆で、無形的すぎるために体感として価値を理解しづらく、また表層的すぎるので、見識を重視する顧客からは敬遠されてしまいます。
目指したいのは、有形と無形のバランスがよく体感と概念的な染み込みが両立していて、かつ深層と表層のバランスを取り、想像、認知しやすいが浅薄には見られない位置どりです。
見識業での商品開発フレーム
ステージ6:ビジネスモデル構築
商品サービスを開発できたら、次はビジネスモデルの構築です。見識業におけるビジネスモデルの構築は、一般的な経済価値優位のビジネスモデルよりもその難易度は高くなります。
前提となるビジネスモデル構築のロジックの変換
従来のビジネスモデルは、「顧客数×顧客単価=収益」というロジックを基礎に構築されてきました。しかし、これはモノを売って終わりだったこれまでの時代に適応したものです。
第3回で見たように、これからの倫理資本主義(詳細は第1回を参照)の時代では、顧客はモノを買う「消費者」ではなく、よりよい経験を社会に届ける主体としての「贈与者」ですから、単位は「顧客数(人物)」ではなく「顧客経験数(複数の経験)」となります。
また「顧客単価」とは1人の顧客が支払う総額を意味しますが、この定義は1人の人がモノをいくつ買うのかという前提に立ったものです。単位が複数の経験に変われば、経験それぞれに発生する単価の総額という意味で「経験単価」が正しくなります。
収益モデル検討の前提1:「人にとってよい」価値を提供するのであって儲けるための商品提供ではない
これまで利潤資本主義においては、顧客に対して商品を届けてきました。これはよりストレートに表現すると"儲けるための商品”です。
しかし倫理資本主義では、人や社会にとってよいことを価値として届けます。このため、単発の商品ではなく、人や社会にとってよいことを実現するために必価な価値であればどんなものであっても届け切るということになり、複数の価値が連なることが前提となります。
収益モデル検討の前提2:「人にとってよい」価値の提供は、「売る」までではなく、「目標達成」までが対象範囲となる
これまでの利潤資本主義では、「売る」というタイミングがゴール、ピークであり、経済価値に閉じた対象範囲でした。そのため、売った先で生じる価値が顧客の目標達成に貢献するかどうかは無関心だったのです。
一方で倫理資本主義では、売ることはスタートに過ぎません。社会価値まで対象が及ぶため、顧客が目標達成するまでを価値提供の範囲として責任を持ちます。
収益モデル検討の前提3:「目標達成」までが対象範囲となるため、収益が上がる瞬間は「売る瞬間」ではなく「価値連鎖の全体」となる
上で見たように利潤資本主義では「売る」タイミングをピークと捉え、そこを課金ポイントに設定してきましたが、倫理資本主義では顧客の目標達成までの一連の価値を届けるため、価値が届く瞬間全てが課金ポイントとなります。倫理資本主義はより多様なキャッシュポイントを備えているのです。
そのため、提供価値を拡大することが収益を拡大することに連動する収益モデルを構築することが重要となります。
収益モデル検討の前提4:価値連鎖の全体がキャッシュポイントとなるため、自社が儲けるのではなく、ステークホルダーに儲けてもらう
利潤資本主義における儲けの主体は自社であり、自社を中心にキャッシュポイントを設定していました。そのため顧客やステークホルダーはそのための補助的な存在であり、自社の儲けを生み出す手段に過ぎませんでした。
倫理資本主義では、儲けの主体は顧客に価値を提供する主体すべてです。顧客らは儲けのための手段ではなく、文字通り価値提供のためのパートナーであり、自社から能動的にパートナーのキャッシュポイントを設定し、パートナーが儲かるよう支援する姿勢が求められます。
倫理資本主義における収益モデル
ここまで見てきた前提を踏まえると、倫理資本主義の具体的な収益モデルとしては下図右側にある「ゴール課金/価値保証」「ロングテール型キャッシュポイント」「ステークホルダーキャッシュシェア」の3タイプが挙げられます。この3つすべてを押さえることで見識業の実現に至るのです。
倫理資本主義における3つの収益モデル
餅は餅屋——。自社が価値を担うパートと、ステークホルダーと協業するパートを明確にし、キャッシュをシェアしながらお互いに成長していくモデルを構築しましょう。
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みなさまからのご意見、ご感想もお待ちしています。
本連載を通じて提言している「見識業」は、豊富な実践例があるわけではありません。GOB Incubation Partnersでも、新規事業開発の支援やコンサルティング、さまざまな企業や起業家との実践、歴史的な背景などを踏まえて少しずつその解像度を高めているところです。ぜひ、皆さまの率直なご意見も聞かせてください。