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「事業成長よりも、起業家の成長が大切」──深遠な失敗と良質な学習を:起業家が陥る失敗の型[シード期(リリース/リモデル)]

成功の理由は人それぞれ。だが失敗の理由には共通点がある──。

若くして起業家としてのキャリアをスタートさせてから、複数の事業立ち上げ・売却を経験するGOB Incubation Partners共同代表の山口高弘(やまぐち・たかひろ)はこう語ります。「起業家が陥る失敗の型」と題した本連載では、事業立ち上げのプロセスを7つに分類し、それぞれの場面で起業家が陥りやすい失敗を生々しく綴ります。


[図解]スタートアップの事業成長プロセス

この連載では、スタートアップの事業成長プロセスを上図のような7つの大プロセスに整理します。それぞれの時期を詳細プロセスに分類。事業成長の過程で起こる確率の高い失敗を解像度高く解説します。

最終回となる今回は、「シード期(リリース後)」から「シード期(リモデル)」での失敗を見ていきます。

前回までの記事はこちら>

シード期(リリース後)

Step1「リリース」

失敗:コストがかかるターゲットを追う

いよいよリリースですが、この直後によくあるのが、コストがかかるターゲットを追ってしまうという失敗。

例えば、「自己実現のために挑戦をしたいが自尊感情が低く、一歩を踏み出せない若者」みたいなターゲットを設定しても、判別できないし、どこにいるかもわからないからリーチもできない。こうしたターゲット設定は妥当とは言えません。

価値を訴求でき、判別可能で、リーチできること。この3点を指標に、あらかじめ徹底的にターゲットを絞っておく必要があります。

失敗:手広いチャネルを用いてコストアップ

仮説検証の中でコスパの良いチャネルが絞られている前提で、チャネルは3つまでに絞らなくてはいけません。むやみにチャネルを広げてしまうと、いたずらにコストがかさみます。

失敗:コストをかけなさすぎる

手広いチャネルを用いたコストアップとは逆に、コストをかけなさすぎることで顧客が獲得できないということもあります。これは、顧客獲得コストと売り上げの比率の目安を知らないがゆえに起こるミスです。

例えばスポーツ用品。1万円の商品が1つ売れると売り上げは1万円です。では、この1万円の商品が売れるためにはどの程度の顧客獲得コストがかかるでしょうか。1万円の商品を売り上げるために、広告宣伝費などの顧客獲得に500円しかかけない場合、売上高に占める顧客獲得コストは5%です。この5%という顧客獲得コスト比率は高いでしょうか低いでしょうか? 正解は「低すぎる」です。ここまでの顧客獲得コストが低い状態は、通常は想定できません。

特に初期は最低でも10〜20%の顧客獲得コストがかかると想定し、コストをかけるべきところにはしっかりかける必要があります。

Step2「規模拡大」

失敗:事業拡大に向けた構造が見極められていない

ここでもビジネスモデルキャンバスに立ち返ることをお勧めします。(詳細は、前回記事のStep2「事業モデル実証実験」を参照)

ビジネスモデルキャンバス

失敗:規模拡大に耐えうるオペレーションが構築されておらず、ユーザー満足度が大幅に低下する

規模拡大にあたっては、当然それに耐えうる仕組みも整えておかねばなりません。

規模を拡大すると、ユーザーの満足度は間違いなく低下します。100%です。しかし、これをそのまま放置してしまうと、拡大しにくくなりますから、拡大のために一定の満足度を保つというのも重要です。

失敗:売上拡大を焦り、手広いターゲットを対象とし、サービス満足度の低下、顧客相反を招く

同様に、拡大を焦るがあまり起きてしまう失敗です。

例えば、シェアハウス事業で住宅の稼働率が70%を切ったら赤字だとします。すると、その数字を超えるために現在の入居者とソリが合わなそうな顧客にも入ってもらおうとしてしまう。その結果、顧客相反が起こるわけです。

ある特定のターゲットに対して磨かれるからこそ、サービス満足度は上がっていきます。中長期的な拡大を目指すためには、きちんとターゲットを絞り、満足度の低下や顧客相反を避けなければいけません。

Step3.ステークホルダー利害調整期

失敗:共感による牽引

規模拡大によって、マーケットにいるステークホルダーとの関係性が一気に複雑さを増して、その間での利害調整が必要になります。

ここで考えられるミスの一つが共感による牽引。

私の場合には「若いのに頑張ってるね。君のためなら、私たちのリソースをどんどん使ってください」みたいな人がありがたいことに大変多かったんです。特に創業初期は、手弁当でも手伝いたいと言ってくれるサプライヤーが集まってくれる場合があります。

しかし、先々の拡大を見据えるなら、ビジネス上の取引関係を構築することの重要性を認識しておきましょう。

狭い範囲の中で、みんなが共感して手伝ってくれている時はいいですけど、そこからちょっと先に行くと、「私のメリットは何なんですか?」っていう相手が出てきてこれまでの論理は通用しなくなります。

共感に頼りすぎて取引関係の構築を遅らせ、ビジネスの取引関係が成立するかどうかの可否判断ができなくなってしまうのは避けたいところです。

失敗:「協力」の調達コストが極めて高い

共感ばかりに頼っては拡大しませんが、一方で共感もないと事業は拡大しない、という話です。

誰かに協力してもらうために、いちいちメリットデメリットを全て説明しないと、必要な関係性を築けない人がいます。このように、協力のための調達コストが高いというのは、物事を広めていく上で大きな足かせになります。

共感による牽引とビジネス上の取引関係構築をバランスよく保てているのが理想的です。

失敗:利害調整の長期化

現状のモデルが成り立たないとなれば、さっさと次に行かなければいけないのに、ズルズルと引っ張ってしまうケースです。ステークホルダーとの利害調整は事業創造の中でもかなり難しいステップなので、うまくいかないという前提に立って、一定期間で強制的にリモデルをかけるなどと決めておくべきでしょう。

失敗:チーム内実力差の認識遅れ

かつて私自身事業のExitを検討する場面がありました。その時に金融機関の人とお話する機会がありました。

すると、彼らは私のチームを見て、「メンバー構成の大幅な変更が必要だ」と言いました。かなりショッキングな言葉でした。当時の私は、なんて冷たい人たちなんだ。自分たちは仲間なのに、って思って彼らをはねのけたんですけど、次に話をした別の金融機関からも同じことを言われてしまったんです。

何かというと、チームの中にいるこの人がどんな役割を果たしているのかを合理的に説明できない、つまりこれから描く拡大プランの中でこの人はなくてはならない人材なんだと言えないなら、その人を外さないと投資できませんよっていう話なんですね。

こうした金融の世界に入っていくタイミングで、ある程度、資本市場とのコミュニケーションができるような体制をとっておかないと資金が入らなくなってしまうということは認識しておく必要があります。

ここで重要なのは、チーム内の実力差が離れてしまった時に、チームとして彼を伸ばしていくことを図らないと無責任だということです。先々で戦力外通告を受けてしまうのが目に見えているならば、彼を伸ばすために、投資家目線でチーム体制を見直す責任があります。

Step4「ピボット期」

失敗:過去との決別の遅れ

ステークホルダーとの利害調整を経て、事業をピボットするタイミングで最も重要なのが過去との決別です。これが遅れると非常にまずい。

小規模にも関わらず、自らイノベーションのジレンマに陥る場合が多く見られます。

例えば、今まで算数を頑張ってきた。でも試験科目に英語しかない。もしそうなら、さっさと算数を諦めて英語の勉強に移るべきですね。でも「今まで算数頑張ってきたのに......」と今までの努力が無駄になることを恐れてシフトチェンジが遅れててしまう、といった具合です。

これまでの努力が無駄になるのではなく、算数を頑張る中で培ってきた勉強のやり方を引き継いで英語を頑張ればいんです。過去と決別する勇気を持ちましょう。

失敗:こだわりがダウンサイズできない

下のように、グラフの横軸に「自分の思い込みやこだわりの事業への盛り込み割合」を、縦軸に「事業としての成立度合い」を取ります。上のグラフの盛り上がった部分が、最も事業として成立する部分になります。

下のグラフをみてください。事業初期、アイデアを作ったりマーケットを見定めたりするタイミングでは、自分のこだわりは強く残っていますが、この頃はまだサービスがハマるマーケットを見つけられていない(事業としての成立度合いが低い)段階です。

リリース前へと左に進むにつれて、こだわりをダウンサイズして徐々にマーケットに歩み寄っていきます。それでもまだハマりきっていない状態。

これがリリース後になると、今度は逆にこだわりを捨てすぎてしまうことになります。マーケットにハメようとするがあまり、こだわりを失い、何のためにやっていたんだろうという“夢ロス”状態に陥るわけですね。私の場合は夢ロスどころではなくて3日間寝込みました。

ちなみに、これは誰しもが経験することです。リリース前の状態から事業として成立するところにスッとはめるのは不可能だと思ってください。一度こだわりを捨てすぎてしまった状態から戻すことで、リモデルに向かうことができます。

シード期(リモデル)

Step1「リモデル」

失敗:メンバーのスキルセットが合わない

リモデルというのは、不動産業から学習産業へ移るような、大きなシフトチェンジを指します。そうすると、必然的にメンバーのスキルセットが合わなくなります。

この時に、スキルセットがないからリモデルできない、となってしまってはいけません。リモデルができないのはスキルセットが不足しているためですから、ここでやるべきはリモデルを諦めることではなく、メンバーチェンジも含めた検討が必要です。

何よりも大切なのは、事業を通じて社会に問いを投げかけること。そこを放棄して、メンバーのスキルセットが合わないからと言って止まってしまったら何の意味もありません。そこでエッジを立てられるかはアントレプレナーの力量です。

Step2「リモデル後のプロダクトβ版サービス開始」

失敗:トライアルを経ない仮説段階での見切り発車

リモデル後に起きる勘違いが引き起こす失敗です。リモデル前までに丁寧に1年くらいかけてやってきたこれまでのステップを飛び越えて、トライアルを経ない仮設段階で見切り発車してしまうことがあります。

でも、よく考えてみてください。リモデル前後では業界もマーケットも変わりますから、ロジックが全く異なります。ということはリモデル後もリモデル前と同じくらいの学習をしなければならないということです。

もちろん、アントレプレナーの力量が上がっているので学習期間は圧縮はできますが、やるべきことは変わりません。どの段階にいてもどれだけ成長しても、打ち手の前にはトライアル。これは変わりません。

失敗:顧客が持つ代替手段・代替品が把握されておらず、競争ではなく一人相撲に陥っている

これも業界が変わるために起こる失敗です。業界が変わると、業界構造がわかりませんから、競合が見えなくなります。

その中でリモデルを図り、やってみたら閑古鳥。なぜなら競合に対する劣位だから。そんなことになるわけですね。ですから、上で話したようにリモデルを経たら、まずマーケットに対しての学習が必要になります。

Step3.リモデル後事業モデル検証中

失敗:事業ビジョンが伝わらない

リモデルとは、業界や業態が変わるほどの大きな変化。すると、これまでの業界で最適化されたビジョンが起業家自身の中で齟齬をきたします。

起業家にとって、この齟齬に向き合い乗り越えていくことが非常に大切です。苦労の中で変節する、乗り越えていくことができないと、人に伝わるビジョンにはなりません。

苦労するというのがポイントです。かつて日本は戦後全体主義から民主主義に変わりましたが、変わる苦しさという谷底を味わいながらの変節ではなく、トップダウンによる短期間での変化でした。このため、民主主義が何かを深く探求できているとは言えない側面があります。深く探求できていなければ、うまく向かい、扱うことができなくなります。

リモデル期間はビジョンを飛躍させる重要で難しい期間なので、ある程度苦労したほうが良いです。わかりやすく磨かれていて、ユニークで、かつ時空間を超えるようなビジョンは、残念ながらリモデル前には存在しえません。

私の場合は、世の中に新しい問いを注入するというビジョンを、誰に何と言われようと、何時間でも説明できます。これは今すぐに思いついたものじゃなくて、長年かけて乗り越えてきているビジョンだからです。

Step4.事業実験後拡大期

失敗:営業力が弱い

ここからはより現実的な話に入っていきます。実証実験が終わり拡大を迎えるタイミングで、人数的にも20〜50人程度の組織になっていくイメージです。

この時に問題となりやすいのが営業力。

営業が弱いなら、営業できる人をたくさん採用すればいいじゃないか。そう思うかもしれませんが、ビジョンを共有せず営業のみ強化する場合、過度の成果主義に陥ることがあります。

つまり、営業力は問題として顕在化する手前から強化しておく必要があるということです。具体的には、営業ができる人に営業以外のパートを担ってもらい、満を辞して営業が必要な段階になって、活躍の場を営業に広げてもらうという戦略を予めとっておくことが良いと思います。

SNS時代、モノが良ければ売れるというのは幻想です。ほとんどの場合は営業が必要です。

失敗:顧客獲得単価が見えていないため、追加投資が判断できない

「顧客獲得単価はいくらですか?」

顧客獲得単価が分からなければ、どれくらい資金を投下すれば予定の顧客数が獲得できるのかが全く読めません。このため、資金追加が困難になります。

顧客獲得単価とは複雑で、きちんと計算しないと算出できません。

投資家は、どのくらいの資金を投入すればどのくらいの顧客を獲得できるかという単純な図式で見たいものです。それが見えないと、どの程度投資すべきなのかを見極められませんから。

失敗:高コスト構造

顧客獲得単価に加えて、コスト構造が見えてこなければ投資することはできません。投資資金がどこにどう消えていくのかが分からないためです。大抵の場合、コストを精査しないことによって高コスト構造に陥っています。

売り上げはそれなりに立っていたとしても、投資家目線では随分なスリム化が必要ですよと言われてしまいます。この場合、コスト構造の改善かその見通しがないと追加投資を受けられません。

失敗:事業がビジョンに先行する

これは拡大期に起こりがちな典型的な失敗です。

ある程度まで自分の力量が上がってくるとどんどん事業拡大を狙います。しかし、その過程で「何のためにこれをやっているのか」を考えるのに割く時間が減ります。

節目での成長は、「ビジョンの更新とそれによる変化」がもたらすものです。忙しいタイミングであるからこそ、しっかりと時間をかけてビジョンを更新し、更新したビジョンに導かれるようにして変化していくことを恐れないでもらいたいです。

失敗:学習期間が終わったと誤認する

アントレプレナー自身の学習は永遠に続いていきます。学習が終わりなく続くというスタンスを持ち続けてください。


ここまでも繰り返しお伝えしてきましたが、事業の成長よりも、アントレプレナー自身の成長が大切です。成長のためには良質な学習が必要になります。そして良質な学習のためには失敗を避けるべきではありません。失敗は学習の宝庫です。

アントレプレナーの皆さんは、できるだけ深淵な失敗をしてください。

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山口高弘(やまぐち・たかひろ)/GOB Incubation Partners共同代表

元プロスポーツ選手、19歳で不動産会社を起業、3年後に事業売却。それ以外にも複数の事業を起業・売却。その後、野村総合研究所に参画しビジネスイノベーション室長就任。2014年、GOB Incubation Partnersを創業。現在、起業支援インキュベータとして、企業内起業においても多くの事業・サービス開発に携わる。また、GOB Incubation Partnersでは主に若い世代がイノベーションに挑戦するためのマインドセット創り、事業化支援、キャンプ等までも実施している。内閣府若者雇用戦略協議会委員など政府委員就任歴多数。著書多数。