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「ジョブ理論」でイノベーションのからくりをひも解く

ここ数年、日本で「デザイン思考」という言葉を耳にすることが増えています。

GOB Incubation Partners(以下、GOB)代表取締役の櫻井亮は、2013年に北欧系デザインファーム「Designit」の日本拠点であるDesignit Tokyoを立ち上げるなど、現在まで「デザイン思考」の本質やその使い方を企業やビジネスパーソン中心に伝えてきました。

一方で、デザイン思考を実際に現場で活用して課題解決できている例は、まだ少ないのではないでしょうか?

そこで、デザイン思考を別の角度で捉えるための視点を提示してくれるのが「JOB(以下、ジョブ)」という概念です。

GOBは2月26日、学生向けにスキル研修等を提供するTRUNKと共同で「デザインシンキングを補う思考法『Jobs To Be Done』を先取りしよう」をテーマにイベントを開催。参加した大学生にジョブの考え方、使い方をワークを交えて解説しました。 

ジョブ理論のインプットをもとにワークを進める学生たち

ジョブ=やっかいごと

櫻井:多くの人たちは日常生活でイライラの原因となるやっかいごとを抱えています。「ジョブ」とはこの“やっかいごと”を指します。

それを解消できるものがパッと頭に浮かぶ場合、私たちはその製品やサービスを買うわけです。クリステンセンはこれを「ジョブを片付けるためにプロダクトを“雇用”する」と表現しています。

なぜ、特定の時間にミルクシェイクが売れるのか──顧客が抱えるジョブは?

ジョブを理解する上で、有名なミルクシェイクの例があります。櫻井もこの例を引いて説明します。

櫻井:マクドナルドはアメリカでミルクシェイクの売り上げを上げるためクリステンセン教授のチームに「ミルクシェイクがどうやったら売れるかを調べてほしい」と調査を依頼しました。

クリステンセン教授らはまず、ミルクシェイクがどんな風に売れているのかを調べます。すると、ある2つの時間帯に売り上げが上がっていることを発見しました。

もう少し調べてみると、特定の時間に特定の販売形式でより多く売れていました。

「売れている」という言い方をすると何か売れる理由があるのかと思うかもしれません。しかし、正確には人々はジョブの解消のためにミルクシェイクを「雇用している」のです。

ここで重要なのは、ミルクシェイクを採用する前に、顧客が抱えているジョブ、やっかいごとがあるということです。では、ミルクシェイクを雇用した顧客のジョブは一体何でしょうか?

実はアメリカの都市部では渋滞が起きやすく、郊外から都市部のオフィスまで2時間ほどかかることも珍しくありません。実はこの2時間の渋滞がミルクシェイクの購入につながっています。

渋滞においては、運転手にとってかなりのストレスがかかります。この点においてジョブは発生しうるわけです。

(当日説明されていた詳細は割愛しますが)マクドナルドのミルクシェイクはこの渋滞中のユーザーのジョブを見事に捉えて売上を確保していたということです。

これらの事例から、クリステンセン教授は、後述する「感情的なジョブ」と「機能的なジョブ」に該当するものを見出したと言えます。

同じジョブでも、雇用する製品は違うかもしれない

このように、顧客が抱えるジョブを捉え、それを解決することが重要となりますが、同じジョブを持っていても、それぞれが選択(雇用)する解決策は異なるということも理解する必要があります。

櫻井:例えば、15分後に大切な待ち合わせが迫っていて、急いでいるとしましょう。

「15分で待ち合わせ場所へ行かなければいけない」というジョブを解消するには、さまざまな選択肢があります。

急いで走ったら間に合うかもしれないけれども、道に迷ったら遅刻してしまうかもしれない。電車も時間的に難しい。そうなれば、ある人はタクシーを選択するかもしれません。

ところが、タクシーは初乗りでお金がかかる。すると、もし私が金銭的に余裕のないユーザーだったら、タクシーには乗れず、別の行き方を採用する必要に迫られます。例えばこれがインドネシア内でのお話であれば、ジョブの解決のためにバイクのシェアライドという方法を選択する可能性が非常に高いでしょう。(実際に、これがインドネシアの配車アプリ「GO-JEK」 の急成長につながっています)

個々人の状況によって、何を採用したいと思うか、またそれが実行できるかは異なります。

つまり同じジョブを抱えていても、それぞれの人が採用するソリューションは違うかもしれないということです。

製品やサービスの作り手は、そのユーザーのジョブを理解し「それなら、うちの製品で解決できますよ」と製品を打ち出していかなければいけません。

逆に言えば、現在どれほどマーケットをとっている企業やサービスでも、顧客が抱えるジョブを解決し、採用されるものを提供し続けられなければ、顧客はそのサービスを”解雇”するということです。

これまでの歴史を振り返っても、マーケットで圧倒的なシェアを誇っていた企業や製品がわずか数年の間に衰退し、現在ではその形を消している場合も少なくありません。

時計メーカーはかつて「時間を知りたい」という顧客のジョブを解決していれば、それを雇用してもらえました。しかし現在ではそのジョブの解消はスマートフォンが代替しています。

そうなれば、時計メーカーは顧客が持つ、時計という機能から考えられる別のジョブを見つけ出し、価値提案を行わなければいけないのです。

iPod成功の秘訣。1000曲持ち運べる“以外”の価値

櫻井は続けて、ジョブが持つ3つの側面──「機能的」「感情的」「社会的」──について、iPodを例に挙げて説明します。

櫻井:クリステンセン教授はジョブを3つの側面で語っています。参考として、初期のiPodがブームを作り出せたきっかけを考察する中で、3つのジョブを見てみましょう。

まずは、「機能的ジョブ」。iPodは「1000曲をポケットに」という強いメッセージを打ち出し、ユーザーの心をつかみました。これは「自分の好きなたくさんの音楽をいつでも聞けるようにしたい」というユーザーの機能的ジョブを解決しています。

しかし、iPodが世界中のファンを魅了したのはその機能によるところだけではありません。

iPodには「Genius」という機能があります。これは自分が入れた曲の中から似ている曲を選択し、つなぎ合わせて自動でプレイリストを作ってくれるものです。

ユーザーは、とにかくたくさんの曲をiPodに詰め込みますが、そうすると、自分では選ばない曲も増えていきます。そんな時にGeniusがあれば、自分では考えもしなかったようなプレイリストを提案してくれる。しかもそれが自分の趣味を学習し、理解してくれているとなれば、ユーザーにとっては感動的な体験になるはずです。

実際には、当時のAI技術はそこまで発展していませんでした。ですから、ランダムに紐づけたプレイリストを、ユーザーは「iPodはなんでこの曲をつなげるんだ!?」という驚きとともに受け入れるという経験をしたのです。このGenius機能によってiPodはユーザーの「感情的ジョブ」も満たしました。

そして3つ目が「社会的ジョブ」。今でこそ、多くのメーカーが同じような白いイヤフォンを販売していますが、かつて、白くてちょっと太いワイヤーのイヤフォンはAppleを象徴するものでした。

iPodはポケットの中だけど、イヤフォンが「自分はApple製品を使っている」という社会へのアピールになりました。つまり、Appleユーザーというイケてる集団に所属していることを社会にアピールできるガジェットとして機能していたのです。

このように、ジョブは大きく3つに分けることができ、そのどれか、またはすべてを解決する製品をユーザーは雇用します。

ユーザーが抱えているジョブは何か、それを解決できる可能性はどこにあるのかを探す習慣を身に付けると、新たなビジネスの着想が生まれやすくなります。

これは新規事業の開発に限りません。企業に就職する時に自分をどう見せるかを考えたり、企業が何をしていのるか、動きやその意図を分析するのにも有効です。

知識としてインストールするだけではなくて、日々使いながら洗練させていくと、皆さんの価値になっていくはずです。

櫻井亮(さくらい・りょう)/GOB Incubation Partners代表取締役社長

日本ヒューレッド・パッカード、企業支援等を経て、2007年よりNTTデータ経営研究所にてマネージャー兼デザイン・コンサルティングチームリーダーを務める。2013年より世界11カ国に15のオフィスを持つ北欧系ストラテジックデザインファームであるDesignitの日本拠点、Designit Tokyo株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任。新規ビジョン策定・情報戦略の企画コーディネート、ワークショップのファシリテーション、デザイン思考アプローチによるイノベーションワークなどを行う。その後共同代表である山口と共にGOB-IPを立ち上げ。イントレプレナーとアントレプレナーの両方の経験を活かし起業家支援に携わる。現在もシリアルアントレプレナーとして様々なチャレンジを実践中。

主な著書:「ITプロフェッショナルは社会価値イノベーションを巻き起こせ」「RFPでシステム構築を成功に導く本- ITベンダーの賢い選び方見切り方」「ファシリのひみつ」など。