あの企業は社会価値と経済価値をどう両立させた? 国内外5社の事例をひも解く
これまで、社会価値と経済価値はトレードオフの関係にあると言われてきました。しかし、今やその関係は解かれ始め、人にとってよいことと儲けを両立することは現実的に可能なものに。そうした経営モデルを「見識業」と定義して、これまで説明してきました。
今回は国内外で“見識業的な経営”を実現している5社の事例を取り上げます。
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見識業をリードする「パタゴニア」は、顧客を環境への「贈与者」として迎え入れる
社会価値と経済価値を両立している企業の代表例と言えばパタゴニアです。環境へ配慮したブランドとして認知している人も多いのではないでしょうか。
パタゴニアの取り組みは多岐にわたります。売上の1%を「地球税」として環境非営利団体に寄付する「1% for the planet」の支援額は1985年からの総額で8900万ドル以上。またパタゴニアの製品ラインの72%がリサイクル素材を採用しており、米国内におけるパタゴニアの電力供給を100%再生可能エネルギーで賄うという目標も達成しました。
製品は長く愛用できる高品質なつくりで、壊れた際には修理のためのプラットフォームも整備しています。一見、長持ちし過ぎると買い替えサイクルが伸び、売り上げが減少するように見えますが、このような配慮が社会価値となり、それに共感する世界中の顧客が、パタゴニアファンとして、継続的にブランドと関わり続けています。
パタゴニアは顧客に対して、分かりやすい価値として「リーズナブルな価格」「質の高い製品」「長持ち、使い勝手がいい」といった価値を訴求することで顧客の裾野を広げながら、通常は体験してみないと認知、想像しづらい「製品を通して環境に貢献できる」「環境保護に責任を持つ人が増える」といった価値も訴求しています。例えば修理の仕組みを充実させることで、顧客にとっては自然と修理をする動機が生まれ、結果、環境への貢献意識が育まれていきます。こうした循環を通してパタゴニアは社会価値を顧客へと伝えているのです。
前回、利潤資本主義において消費者だった顧客が、倫理資本主義においては、企業の製品を買うことで共に社会に貢献しようとする「贈与者」になると指摘しましたが、パタゴニアの顧客はまさに、環境に対する「贈与者」だと言えるでしょう。
こうした社会価値を追求しながら、同時に近年はおよそ10年間で売上を4倍に伸ばしています。
「オファーアップ」が生み出す社会価値と経済価値
続いて紹介するのは米国発の企業「オファーアップ」です。
オファーアップは、地域の中で利用者同士が日用品などを取引するマーケットプレイスです。利用者は不要になった日用品をオファーアップ上に掲載すると、それを必要とする住民とマッチングできます。取引が成立すると、持ち主がマッチング相手に物品を手渡しして現金を受け取る仕組みです。
同社のビジネス構造で非常に興味深いのは、引っ越しという、本来地域の中で孤立するきっかけの出来事をむしろ新たなつながりを作るきっかけにしている点です。引っ越しをした人は、オファーアップを活用することで物品を新たに購入するコストを削減できるだけでなく、手渡しという一見すると非効率な流れを導入することで、引越しを機にその地域で新たなつながりを作ることができるのです。より大きな視点では、こうしたつながりが、地域全体にGIVE & TAKEの関係性や互恵文化を広げるきっかけにもなります。
それだけではなく、オファーアップは地域の小売店とも共存を可能にしています。一見、オファーアップ内で商品が流通すると、小売店での購入量が減るようにも思いますが、実はその逆です。Aさんが必要とする家財や日用品の全てを近隣住民からだけで手に入れることは難しい場合も多いでしょう。そのため、オファーアップ内で見つからない商品については、地域の事業者の商品広告を掲載することで、住民と小売店を接続する役割も担っており、結果として小売店にとっても売上拡大のチャンスになります。こうしてオファーアップは広く地域経済の活性化にも貢献しています。
非常にシンプルで、ある意味アナログなモデルにも思えますが、オファーアップは2018年時点で累計3.8億ドル以上の資金調達をしており、評価額は14億ドルを超えると言われています(。
経済価値を優先することで、社会価値を見失い、結果として経済価値までも損なうケースがある一方で、オファーアップは社会価値をコストと捉えずに追求したことで、経済価値も高いレベルで実現しているのです。
批判を受け止め、本質的な問題解決に乗り出した「サラヤ」
大阪に本社を構える化学・日用品メーカー「サラヤ」は「互いに密接な関係にある『衛生』『環境』『健康』という3つのキーワードを事業の柱とし、より豊かで実りある地球社会の実現を目指す」を企業理念として掲げています。
サラヤが社会価値を重視していることは、同社が製造する「ヤシノミ洗剤」にまつわるエピソードに見て取れます。
サラヤがヤシノミ洗剤が誕生したのは1971年。当時主流だった石油系の合成洗剤が環境問題や健康被害を引き起こすことを受け、植物由来で肌にも優しい洗剤として開発しました。その後ロングセラー商品として好調を維持していた中、2004年にテレビ局から、ヤシノミ洗剤で使用している「パーム油」が熱帯雨林を破壊し、生息する野生の象へ悪影響を及ぼしているという内容の取材の申し込みがありました。サラヤとして想定していなかったことでした。
批判を避けるために取材を断ることもできましたが、社長の更家悠介氏は取材を受けることを決断。同様の製品を販売する企業が複数ある中で、唯一サラヤだけが出演を許可したそうです。予想通り、出演を機に多くの批判を受けましたが、特筆すべきはその後の対応です。サラヤは、単にパーム油の使用をやめることはしませんでした。仮にサラヤ1社が使用を止めても他の企業が使い続ける限り、熱帯雨林の破壊を止める根本的な解決にはならないと考えたからです。
そこで、ユニリーバや環境保全団体WWFなどが設立した持続的なパーム油のルールを定める団体「RSPO」に日本籍企業として初めて加盟。2007年からは「ボルネオ保全トラスト(BCT)」を設立し、対象商品の売上の1%をBCTに寄付しています。こうした取り組みは、環境破壊について報じた前述のテレビ番組でも、好意的な内容として再び取り上げられました。
2019年時点でサラヤの売上高はグループ全体で465億円、従業員は約1900人、拠点は国内58ヵ所・海外37ヵ所へと広がっています。社会価値を提供しようとする真摯な姿勢がこうした企業価値にも反映しているのではないでしょうか。
エバーレーン
オンライン初のSPA(製造小売)ブランドである米「エバーレーン」は、基本的に「売る」ための店舗は持たず、インターネットを通じて自社ブランド製品を直接顧客に販売しています。中間マージンを省くことで、高品質の商品を手ごろな価格で消費者に届けているのです。
同ブランドの特徴は、なんといっても、商品別に詳しい原価率を公開している点にあります。通常、儲けを出したければ原価率を低く抑えなければなりません。そのため原価率を公開してしまうと、顧客にとっては商品の価格が割高に思えてしまうというネガティブな反応が予想されます。
そのようなリスクがある中で、エバーレーン原価の内訳と上乗せしている粗利益をすべて公表しています。
2019年に開設した日本版のサイトを見ると、例えば7400円で販売しているチノパンツなら、材料費(880円)、ボタンやジッパーなどの部品費(120円)、人件費(960円)、関税(1290円)、輸送費(140円)という原価の内訳と、それに4060円の粗利益を上乗せして販売していることを公表しています。一般的なアパレルブランドが、原価の5倍前後の販売価格を設定する一方で、エバーレーンは原価の2~3倍の設定です。
売り残りを発生させないため、商品を出す季節やタイミングは従来の商習慣にとらわれず、少量で売り切ったり、SNSを通じて効果的にブランドの世界観を伝えることで、多くのファンの心をつかんだりといった工夫もそうした販売スタイルを支える要因の1つです。
エバーレーンの特徴はこれだけではありません。価格の横には、そのシャツがベトナムのホーチミンの工場で作られたことも掲出しています。工場の詳細は商品ページから閲覧でき、場所や内部の様子などを紹介。労働条件へも配慮していることも見て取れます。各工場で適正賃金や適切な労働時間、労働環境などの評価をするコンプライアンス監査を実施するなど労働者との信頼関係も構築しています。
売上高は公表されていませんが、創業10年ですでに1億ドルをゆうに突破していると言われています。
ファクトリエ
「職人の情熱とこだわりがつまった語れる商品を適正価格で」をビジョンに掲げるのが、メイドインジャパンにこだわる工場直結のファッションブランド「ファクトリエ(ライフスタイルアクセント株式会社)」です。商社や卸売業者などの中間業者を通さず、工場が無理なく事業を継続できる商品原価を設定し、高品質な商品を最適価格で提供しています。
工場は、従来の有名ブランドの下請け業務から、自分たちのファクトリーブランドを持つことで、適正な利益を得られるようになります。その結果、職人はこだわりの商品を妥協なく、顧客に対して本当によいものを提供できるようになるのです。また、工場から世界で活躍するメイドインジャパンブランドが生まれ、技術を次世代へつなぐ若い人材を獲得することで、持続的に事業が根付き、地域も活性化する未来を作ろうとしています。
提携工場やそこで働く人たちの「ストーリー」を重視した結果、広告宣伝はWebサイトやFacebookの運用くらいにも関わらず、口コミで顧客が増え続け、2016年には創業4年ほどで売上10億円を達成しました。
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みなさまからのご意見、ご感想もお待ちしています。
本連載を通じて提言している「見識業」は、豊富な実践例があるわけではありません。GOB Incubation Partnersでも、新規事業開発の支援やコンサルティング、さまざまな企業や起業家との実践、歴史的な背景などを踏まえて少しずつその解像度を高めているところです。ぜひ、皆さまの率直なご意見も聞かせてください。