社会的によいことを数字で見える化──開発のきっかけは「大切なのは数字じゃない」への違和感:桑原憂貴
社会的によいことは、数字じゃ測れない──。そんな声をよく耳にします。しかし本来、よいことこそ定量的に計測し、より正しい方向性へと改善を続けていくことが大切ではないでしょうか。
桑原憂貴(くわばら・ゆうき)さんは、大学卒業後に、被災した岩手の陸前高田市で起業。現在まで7年間、社会性の高いテーマで、活躍を続けています。その中で「大切なのは数字ではない」という姿勢への違和感から、企業や自治体の社会的活動の成果を定量的に測定するWebアプリを構想。その背景と現在開発中のアプリについて、教えてもらいました。
“なんとなくよいこと”を定量的に測る「ソーシャルインパクト評価」
SDGsに代表されるように、社会課題の解決に向けた動きは世界的に盛り上がっています。2015年の内閣府の調査によると、日本において20.5万社が「社会的企業」と定義されています。また社会課題の解決にあたるのは何も企業だけではありません。自治体も、日々地域の課題に向き合っています。
しかし、こうした取り組みの中には、「なんとなく社会的によいこと」といった印象を受けるものも少なくありません。実際にどれくらい重要な問題なのか、何を目標にしていて、その事業やサービスを通じてどれくらい問題を改善できるのか......、私たちはもちろん、当事者の企業や自治体にとっても曖昧なケースが多いように思います。こうした「なんとなくよいこと」を誰もがわかるように可視化できるツールが必要だと考えています。
そこで私が提案するのは、「ソーシャルインパクト評価」を実現するWebアプリ「flow」(フロー、仮称)です。ソーシャルインパクト評価とはその名の通り、ある事業やプロジェクトの社会的な価値を可視化しようとするもので、国連や世界各国の財団などが取り組んでいます。しかし、いまだに定量的に共通の物差しで測定できているかと言うと、まだまだ改良の余地がある分野です。
ソーシャルインパクト評価でまず大切なのは、「自組織が目指すビジョン」「解決したい社会課題」「目標とする成果」を定量的に把握することですが、これはそう簡単ではありません。flowを使うことでそれらを定量的に可視化し、より正しい方向の事業改善に取り組んでいくたのツールになればと思っています。
社会課題の現状、目標、達成率が一目でわかる
画像は開発中のアプリのダッシュボードイメージです。画面は上から大きく3つの段に分かれており、それぞれ「取り組む課題の現状」「目標(行為目標と成果目標)」「目標の達成率と評価」を見ることができます。
例としてここでは「子供の貧困」を取り上げています。
ダッシュボードにログインしたら、まずはSDGsの17のゴールから、自分たちの課題に関連するゴールを選択(今回なら「ゴール1:貧困をなくそう」)。すると、市町村や都道府県単位での子供の貧困率が自動で表示されます。また、子供の貧困は同時に親の貧困とも切り離せない問題です。アプリでは、生活保護の受給率やワーキングプアの割合など、合わせて参照すべきデータも自動で表示。各方面の調査からデータを引く手間を省きます。
次に画面中段は、組織としての目標とその達成率を表示。下画像1枚目では、自分たちが何を実行するかの「行為目標」(アウトプット)、2枚目では、そうした活動を通じて目指す「成果目標」(アウトカム)を可視化しています。
行為目標の例としては、子ども食堂の設置数や連携企業数などが挙げられます。成果目標に関しては、初期、中間、最終とステップを分けて設定できるようになっています。市町村や都道府県レベルで、すぐ目に見える成果を上げるのは難しいので、その手前でやるべきことと成果を可視化できることが重要なのです。
最後に画面一番下では、プロジェクトを評価する1つの方法として、その領域のプロフェッショナルからアドバイスを受けられる機能の実装を考えています。
今回の例で言えば、目標に設定している「子ども食堂の利用者数」の増加が本当に貧困の解決につながるのか、など議論のきっかけを作りたいです。
次第に利用団体が増え、各団体の目標設定と成果との結びつきをより俯瞰して見られるようになれば、課題解決に向けてより適切な目標設定や施策も見えてくるはずです。例えば多くの団体が「子ども食堂の利用者増」を目標にしてそれをクリアしているのに、問題を生み出している「親の貧困率」が減っていないとなれば、別のアプローチを検討できますよね。その結果、仮に親の貧困をなくすことの方がより効果的だとなれば、子ども食堂で当面の子どもの暮らしは支えつつ、より根本的な解決に向けて、親の貧困をなくそうと活動する団体と連携をしてみるといった解決策も見えてくるかもしれません。
被災地で創業、社会起業家として7年間経営する中で感じた違和感
flowを開発するきっかけは大学時代までさかのぼります。卒業論文で「グラミン銀行とマイクロファイナンス」を研究したことで、社会課題の解決に関心を持つようになりました。ボランティアではなく、事業を通じて持続的な課題解決を目指す仕組みに強く興味を引かれました。
新卒でリクルートグループに入社した後、ソーシャルビジネス専門のコンサルティング会社で、社会課題をマーケティングの力で解決する「ソーシャルマーケティング」の仕事に従事。そして2013年に、東北大震災後で被災した岩手の陸前高田市で、「KUMIKI PROJECT株式会社」を起業しました。地域材を使用した商品開発や、コミュニティの再生など、社会性の強いテーマで現在まで7年間事業を継続しています。
一方で、この間ずっと自分の中にはある種の違和感もありました。「コミュニティを再生することで人と人との豊かな関係を作る」ときれいな言葉を使っておきながら、それが誰のどんな幸せにつながっているのか、踏み込んだ答えは出せないでいたのです。
「なんとなくよいこと」をやっているけどそれが定量的な結果には表れない状況に対して、「大切なのは数字ではない」と言い聞かせながらも、それが“逃げ”であることにも内心気づいていました。課題解決に向けたあらゆる手法の中で、今やっていることがもっとも効果的だと言えるように進化していかないと、単なる自己満足に終わってしまうと感じたことが「flow」開発に至る想いです。
自治体の政策立案や、住民ニーズの吸い上げにも応用
社会的企業の他に、flowの主な利用者として想定しているのが市町村の住民サービスを担う基礎自治体です。例えば、自治体が政策を立案するとき、税金を使って街の課題を解決するための企画を実行しますよね。しかし、少子高齢化で税収は落ちていくのに、医療費や保険料は増え続ける厳しい現状があります。つまり、限られた税金を、可能な限り効果的に使わなければならないのです。
そのためにはまず、政策の成果を定量的に把握する必要があります。それが見えれば、住民に対してデータに基づいた説明責任を果たせますし、過去のデータから政策の優先順位を判断することもできるでしょう。特に、自治体職員は全国的に年々減少して1人あたりの負担が増している中、flowなら政策にかかる意思決定をサポートできます。
ゆくゆくは住民向けにスマホアプリを提供し、自分たちの街にあるさまざまな課題をアプリのマップ上に投稿できるようにしたいと考えています。
住民が抱える問題を可視化することで自治体は住民ニーズを吸い上げるコストを削減できますし、団体側はそれらの問題に取り組むことで、住民への認知を広げたり、他の仕事へとつなげられたりといったメリットも望めます。
「測定」と「評価」は別物、まずは自分たちの今を知ろう
もしかしたら、社会課題に取り組む人の中には、自分たちの活動が評価されることを嫌う人もいるかもしれません。確かに、数字ばかりに気をとられると、数値化しやすい社会課題をテーマに選ぶ傾向が強まったり、より多くの人が共感しやすい大きな社会課題ばかりが注目を集め、共感されにくい課題にはお金が流れにくくなったりといった懸念もあるかもしれません。
しかし、「測る」こととそれを「評価する」ことは全くの別物です。測定はあくまで数字で示すだけであって、それをどう価値判断するかは別の話です。例えば短期的に結果が見えにくい課題や、多くの人は共感しにくい課題であれば、そういう性質であることを加味した上で、評価すれば、長い目で見て投資するといった判断も可能になります。
課題解決のために、より適した方向へと力を使えるように、何よりもまず、自分たちの今を見つめ直すことが重要なのではないでしょうか。
桑原さんが代表を務める「KUMIKI PROJECT」の詳細はこちら