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リーン製品開発のキホンをコロナウイルスワクチン開発の事例で理解する

こんにちは。ゴール・システム・コンサルティングの真道(しんどう)です。わたしは当社に入社以来、新製品開発の現場を中心としたコンサルティングに携わっています。

クライアント企業が抱えている問題を解決するにあたり「リーン製品開発」の考え方・ツールを使ったお手伝いをすることも多いです。リーン製品開発とは、1990年代にアメリカの学者がトヨタにおける開発のやり方を体系化したものです。

このリーン製品開発の認知度も、以前に比べてだいぶ上がってきたように思います。実際にコンサルティング先で「数年前にリーン製品開発の本を読んで以来、ウチでもやってみたいと思っていたんです」とおっしゃる方にお会いすることもあります。

今回はそんなリーン製品開発と、その中心的なコンセプトである「セットベースコンカレントエンジニアリング」についてのごく基本的なことを、アメリカにおけるコロナウイルスワクチン開発の事例も交えてご紹介したいと思います。

新製品開発の現場で起こりがちな手戻り

以前、ある企業の開発部門のマネジャーさんと会話する中で「開発者は早く決めたがるんで困るよ!」という話になりました。ここでいう「早く決めたがる」とは、具体的にいうと、新製品開発における上流工程の企画段階であるにもかかわらず、仕様を早く固めて具体的な作業を始める、あるいは設計案を早々に絞り込んでしまい詳細な設計作業を始める、といったことが挙げられます。

このようなやり方で事がうまく運べばいいのですが、実際にはそうは行かないようです。さきほどの”仕様を無理して決めようとするケース”の場合、本来は「曖昧であった仕様が、必要な時間をかけて固めることができた」と捉えるべき事象に対しても、開発者の側では「仕様変更だ!」と考えます。そして「途中で仕様が変わったんだから、開発が遅れたらそっちのせいだ!」というように相手の企画・営業部門を責めてしまいがちです。

また設計案を早々に絞り込んでしまうと、進めていくうちにうまく行かないことがわかり、慌てて別の案を考えなければならないという破目に陥ってしまいます。これらいずれの場合も、新製品開発では起こりがちな「手戻り」と呼ばれる事象です。これらの背景には、下流工程における作業期間を確保したいとの思いがあり、それゆえさきほどのマネジャーさんの嘆きにあったような「開発者は早く決めたがる」という状況になっているわけです。

また別のある企業においては、開発部門が担当する工程が終わって、いざ次の生産準備・立上げ工程に移ったとたん、問題が発生するということが起こっていました。その結果、開発における追加検討が必要となり、俗に言われる「後ダレ」というような状況になり、案件が開発者の手から離れないというような状況になっていました。開発者の皆さんはそう思っているわけではないと思うのですが、私からすると「できた!」、「終わった!」とばかりに図面をはじめとする成果物を下流工程に「押し出した」途端、「しっぺ返し」を受けているようにも見えてしまいます。これも手戻りに分類される、新製品開発の現場で起こりやすい事象です。

このように、新製品開発の現場では、手戻りとそれによる開発期間の長期化が大きな課題としてあるように思います。このような状況に対して「リーン製品開発」は有効な処方箋となり得ます。リーン製品開発だけですべてが一刀両断的に解決できるわけではありませんが、少なくとも解決にあたっては不可欠な要素だと私は思っています。

リーン製品開発とその中心的になるセットベースコンカレントエンジニアリング

詳細は関連する書籍等に譲りますが、リーン製品開発は1990年代にトヨタにおける開発のやり方をアメリカの学者アレン・ウォード博士を中心に体系化されたものです。ちなみに、私としてはいまだに「さすがトヨタ!!」と思う一方で、このような方法論として体系化する学者の能力にも感服してしまいます。
このリーン製品開発は以下の「4つの礎石」からなるとされています。

1. チーフエンジニア制度
顧客の声を代弁し、技術面だけではなく事業面にまで責任を負うリーダーが開発を主導する

2. セットベースコンカレントエンジニアリング (以下、SBCEと略します)
製品のコンセプトや設計の代替案を多く検討し徐々に絞り込む

3. 流れ・リズム・プル
開発の進行を同期化するイベントを定期的に設け、それに向けて開発者自身が業務計画を立てて実行する

4. 責任ある専門家チーム
各専門分野のチームがチーフエンジニアと良い意味での緊張関係を保って実現のための知識を創造する

もちろんどれが欠けてもリーン製品開発にはならないものの、これら4つの中でもSBCEがその中心的な存在だと言って差し支えないと思っています。さしずめNo SBCE, no Lean-Product-Development.というような感じでしょうか。
というわけで、今回はこのSBCEについて、さらに見ていきたいと思います。

SBCEを理解するにあたり、とても単純ですが前半のセットベース開発と、後半のコンカレント開発のふたつに分けて考えるのが良いと思います。

セットベース開発: 
複数のコンセプト・設計代替案を考え、できるだけ温存すること

コンカレント開発: 
工程を同時並行化して、下流の問題を先取り・解決すること

このように一見ムダ・遠回りにみえるようなことをしながらも、結果として高速で開発を進めることを可能にするのです。さきほど述べたような開発者が陥りがちなメンタリティとは逆で、「急がば回れ」とでもいえるかと思います。

このことについての理解を深めるにあたり「うってつけ」ともいえる事例を最近目にしました。ただし、それは某一企業における新製品開発のはなしではありません。アメリカにおけるコロナウイルスワクチン開発プロジェクトなのです。

アメリカにおけるコロナワクチン開発プロジェクト

そのプロジェクトの名前はOperation Warp Speed(オペレーション・ワープ・スピード:以下OWSと略します)といいます。皆さんはご存じですか?
ちなみに私はつい1か月近く前まではこの存在を知らずにいて、同僚のコンサルタント、白須(しらす)に教えてもらいました。
(ちなみに「ワープスピード」というのはスタートレックに由来するらしいです。余談まで。)

このOWSは「2021年1月1日までに3億回分の安全で効果的なワクチンを届ける」というミッションのもと、アメリカ国防総省が主導しているものです。
調べてみると、「これはまさにリーン製品開発、なかでもセットベースコンカレントエンジニアリングのすごい事例ではないか!」と思いました。
では、これについて大まかなところをご紹介したいと思います。

まず、ワクチン開発のプロセスは
(開発)→(一次治験)→(二次治験)→(三次治験)→(承認)→(生産)→(配送)
となっていて、この一連のプロセスを完了するまでに通常は約73か月かかるそうです。ところが、今回のOWSによるコロナウイルスワクチン開発プロジェクトではこれを14か月まで短縮しようというのです。なんと通常の5分の1以下の期間です!あまりにも野心的なターゲットで、本当に驚いてしまいますね。

このようなターゲットに向けて主に以下のようなことを行い、実際に異例とも入れるスピードで開発が進んだわけです。

① 複数のワクチン候補の開発を同時進行
② 他のワクチン向けに開発されたプラットフォームを使用
③ 有力な2つの候補は開発途中から治験を開始
④ 三次治験では3万人のボランティアが参加してデータ収集・分析を加速
⑤ 最も有力な候補について三次治験の途中から政府支援による大規模生産の準備開始
⑥ ワクチンが認可される前から配送・接種の準備を開始

コロナウイルスワクチン開発の驚異的なスピードをSBCEで理解する

ではこのOWSにおける取り組み内容①~⑥を「SBCEという考え方のメガネをかけて」見てみましょう。

まず「①複数のワクチン候補の開発を同時進行」ですが、これはセットベース開発そのものだと言ってよいでしょう。ワクチンの候補を最初から一つに絞ってしまうようなことを避けることで、後になってダメだと分かり別の候補に切り替える、というようなミッション達成を脅かす事態を避けているのです。

「③有力な2つの候補は開発途中から治験を開始」については、セットベース開発と、コンカレント開発の両方の側面を持った取り組みとして理解できます。あるワクチン候補が決定的にNGという結果にならない限り、途中の段階で開発を中止するようなことはせず、できるだけ温存して次の工程の治験へと進めています。これはまさにセットベース開発として理解できます。また開発完了前に治験を開始したことは、工程を並行化することで期間短縮を図るコンカレント開発として理解ができます。

さらに「⑤ 最も有力な候補について三次治験の途中から政府支援による大規模生産の準備開始」「⑥ ワクチンが認可される前から配送・接種の準備を開始」は両者ともにコンカレント開発の取り組みとして理解ができます。⑤では三次治験が完全に終わる前に生産準備を始めることで工程を並行化・期間短縮しています。また⑥でも認可前に配送・接種の準備に取り掛かることで工程の並行化を図っています。

ただし⑤についてはちょっと注意が必要です。一般企業の場合、このケースのようにリスクを抱えたままで大規模投資に踏み切ることはとてもマネができることではありません。もちろんリーン製品開発でもそのようなことは推奨されません。前述したような野心的なミッションのもと実施された、国家的プロジェクトであるがゆえに可能であったと見るべきでしょう。

さて、残りの「② 他のワクチン向けに開発されたプラットフォームを使用」「④三次治験では3万人のボランティアが参加してデータ収集・分析を加速」はどうでしょうか?これらはいずれもSBCEそのものではありませんが、②についてはリーン製品開発では重視される「知識の再利用」の事例として理解できます。実はこの知識の再利用はSBCEとも大いに関係することなのですが、これについてはいずれ場をあらためてお話したいと思います。

今回はリーン製品開発、なかでもその中心的なコンセプトであるセットベースコンカレントエンジニアリングについて、アメリカのワクチン開発プロジェクト(OWS)を事例にご紹介しました。このような大変野心的なミッションを掲げたプロジェクトも、実はリーン製品開発に通ずるような取り組みであったのですね。

今後この場では、今後もリーン製品開発そのもの、あるいは現場でどうやって実践したらよいのかについてもお伝えしていきたいと思います。

また、今回の内容について、8月6日(金)13時30分からの無料WEBセミナー「~米国コロナワクチンの開発速度から理解する~開発を倍速化する“リーン製品開発”セミナー」でお話します。実際の企業での事例なども含めてお話いたしますので、リーン製品開発にご興味をお持ちになった方は、ぜひご視聴ください。参加申し込みは、以下のページから承っております。

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