武蔵、来京

episode1「丁半ばくち」に出てくる五鈴と新顔の武蔵です。
書いてて五鈴は本当こいつって思います。


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「仕事をもらえると聞いた」
 高瀬川を行き交う川船の音と、船頭の寂声が障子を越してくる。
 高瀬川は鴨川に沿うかたちでつくられた人工の運河で、主に京と伏見を繋ぎ、水運を担う。また花街のある先斗町付近を通るために、船着場等は盛り場のひとつとなっており、桜の名所でも知られた。
 座敷にはざるの蕎麦と昆布の香るつゆ、向かい合うように男が二人いた。まるまった背中は細く、しなる枝の手をした、身なりは番頭のような芸事を生業としてそうな、京に馴染んだ男。もう一方は六尺には満たないが背が高く、裄丈の足りないみすぼらしいの装いだが、若々しく不塾な男である。
「あたしは五鈴と、そう申しますよ」
小さな動きで五鈴が蕎麦を口にする。
「武蔵だ」
「聞いてますよ、ええ」
これだから、と武蔵は京に来てから何度となくついた悪態を飲み込む。回りくどく、のろくさく、鼻にかけるのはここの人間の性なのだろう。
「それで、どうだ」
「せっかちですねえ、せっかくの蕎麦ですよ。あたしはここが好きでねえ」
 五鈴は視線も上げない。そもそもこの大男を一度も目に収めようとはしなかった。声で分かる、無遠慮で思慮に欠ける、耳にもしたことのない田舎から出てきたのであろう男だ。手合いにしたくない。
「先生の紹介だ、嘘ではないだろう」
「竹斎さんですか」
武蔵は深く頷く。
京で出会った唯一まともな人間である。
「竹斎さんはなんと仰ってたんです」
「仕事を面倒みてくれる人がいるから、行きなさいと」
 京に入ってどうするか、路銀も尽きていよいよ右も左もないというときに出会った竹斎先生。郊外で塾を開き、隔てなく人に教えを伝えている。数日お世話になった後、先生から話された。
「なかなか幸運なことですよ、竹斎さんはこちらにはあまり来られませんから、あなたは本当に運が良かった」
 目の前のいう男の言葉にそうだ、と小さく呟く。数日一緒にいただけだが、先生が住いから離れることはなく、たまたま用を片付けにきただけだった。
「先生に恩返しがしたいが、あてがない。そこで仕事だ。金がいる」
 五鈴は一言目から頼む姿勢を知らない、品の欠片もない若人を初めてうかがった。なるほど思慮がなく、浅く、蕎麦の香りを楽しむことも知らない、腹にたまればなんでもいい人間。
 三口で蕎麦を食べ終えた武蔵に、五鈴はため息を殺して問う。
「南方のお生まれですかな」
「……なぜそう思う」
「いえねえ、ちょいと言葉の響きがねえ」
 あたしの邪推でございますよ、と五鈴は浅く笑う。
「何ができるんです」
「なんでもだ」
 武蔵はふてぶてしくこたえる。
「力仕事か、文字は、数は、それとも田植えか、何ができるんですと聞いているんですよ、あたしは」
「だから、なんでもだ」
「あのですねえ」
「あんたが俺にまわす仕事を言え、そしたら俺はそれができる。俺どうこうじゃねえ、あんたが片して欲しい面倒事を寄越せば、俺がやってやる」
 五鈴は瞬きの間、口が半開きになった。それから数秒、瞼を閉じた。
「いいでしょう。では今晩、またここへいらして下さい」
 面倒事を渡しますから、と五鈴は一口蕎麦を食べた。



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次回は僭越ながら後書きを更新しようかと思ってます。(なにがし)


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