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高校生とプロバスケットボールクラブが実証した、ホームゲームはみんなの希望を叶える場所に/シーホース三河

プロスポーツチームの存在意義を考えたときに、「地域貢献」は欠かせません。ただ実際に関わる人間にとって実感できる体験はそれほど多くないのではないでしょうか。今回はライターの山田智子さんに「タツヲ焼きプロジェクト」の関係3者(高浜市の担当者・高浜高校の学生・シーホース三河の担当者)を取材していただきました。この高校生の物語から、私たちの存在意義を読み取っていただければうれしいです。(シーホース三河note編集部)

これは、バスケットボールと高校生の物語だ。
だが、バスケットボールをする高校生の話ではない。

これは、Bリーグの試合会場で「タツヲ焼き」というアリーナグルメを販売する高校生の話だ。

なぜプロスポーツクラブは高校生とともにグルメを企画・販売するプロジェクトを推進してきたのか。その真意を知りたいと思った。

シーホース三河の名物グルメ「タツヲ焼き」誕生秘話

2018年冬のことだった。
新聞を片手に、タレント契約マスコットのタツヲがシーホース三河事務所へ押しかけてきた。

手に持っていたのは愛知県立高浜高校 地域活動部SBP班の記事。
要約すると、以下のようなことが書かれていた。

SBPとはソーシャル・ビジネス・プロジェクトの略称。高校生ら若者が主体となって、地域資源(歴史、産業など)を活用し、新しいビジネスを生み出す取り組みのことだ。
西三河南部に位置する高浜市は20、30代の若者の市外転出や伝統産業の衰退という課題を抱えている。
子どもたちがまちの魅力を体感しながら、まちの中でチャレンジし、成功体験を積むことが大きな財産になる。そうした場を創出することが大人の使命であり、将来の高浜市を発展させるカギになると考えた高浜市役所の高橋貴博さんが発起人となり、2016年7月、高浜高校でSBP班を立ち上げた。
高浜高校SBP班では、地元の伝統産業である「三州瓦」の鬼師(鬼瓦職人)と主要産業の自動車部品メーカーの最新技術に着目。お客さまが希望するオリジナルキャラクターのたい焼きを作るための金型「Sの絆焼き型」の製作・販売をする活動を行なっている。
これまでに北海道、青森、熊本などの高校生や企業から受注し、地元産業の収益アップに貢献してきた。

SBPは「Social Business Project(ソーシャルビジネスプロジェクト)」の略で、地域の課題をビジネスの手法を用いて解決していこうという取り組みです。具体的には高校生が地域資源(ひと、モノ、自然、歴史、名所旧跡、産業等)と交流し、見直し、活用して“まちづくり“や”ビジネス”を提案していく、そしてその取組を地域で応援し支えていこうというものです。

未来の大人応援プロジェクト
https://mirai-otona.jp/aboutsbp/

「高浜高校SBP班とともに、自分もオリジナルのたい焼きを作りたい」というタツヲの要望を受けたシーホース三河の佐藤廣幸さん、福澤孝さんはすぐさま高浜高校へ赴いた。
しかし金型の製作には費用がかかる。すぐには実現が難しいという結論に至る。

それでも、バスケットボールを核にしたまちづくりを目指すシーホース三河にとって、このご縁は大切にしたいもの。若い感性でプロバスケットボールを体感してもらい、将来的に一緒にできることがないかを考えていきたいと高浜高校SBP班をホームゲームに招待することにした。

高浜高校SBP班は、初めて見るプロのプレーに目を奪われた。
「一緒に何かしたい」という気持ちを高めた高校生たちは、SBP活動で培った問題解決力を発揮する。

「費用が問題ならば、自分たちで調達して、金型を作ってしまおう」
市のイベントやお祭りに出店し、既に持っていた金型で作った「絆焼き」を販売。金型代を自ら工面したのだ。

それを聞いたシーホース三河も迅速に動いた。最も手間がかかっていた、種型を採寸してCADデータを作る工程を、シーホース三河のグループ企業であるアイシンが持つ3Dスキャナでできるように仲介。より安価で早く金型製作できるようサポートした。

こうして、高校生の熱意と、プロスポーツクラブの支援、地元自治体・企業の協力によって、タツヲ焼きの金型が完成する。

ホームゲームで継続的な学びの場を提供

Sの絆焼き型プロジェクトは、通常であれば金型を納品するところで完了する。ところが、タツヲ焼きプロジェクトはそこでは終わらなかった。ホームゲーム会場で高浜高校SBP班が自らタツヲ焼きを販売してはどうかとシーホース三河が持ちかけたからだ。

バスケット界では昨年、トーナメント方式が主流だった高校世代に新たにリーグ戦が誕生するという動きがあった。リーグ戦は一度負けてもすぐに次の試合があるため、失敗を恐れずチャレンジでき、経験を次に生かすための考える力を養えるといったメリットがある。

同様に、7ヶ月間続くBリーグのシーズンを通して、SBP班が継続的に活動を続ける。失敗して改善するというPDCAを回すことでより深い学びを得られるのではないか。“育成年代におけるリーグ戦“の効用を実感しているからこその提案だった。

リスクはある。高校生の活動といっても、試合会場で販売する以上、問題が生じれば当然興行主であるシーホース三河がその責任を負うことになる。だが、そこは興行のプロたちがカバーすればいい。それよりも若者が思い切りチャレンジできる場を作ることの方が重要だ。シーホース三河と高浜市役所の高橋さんの考えは一致していた。

高浜市:高橋さん


記念すべき初回販売は2019年10月16日の新潟アルビレックスBB戦。当時1年生だった高浜高校SBP班の武田唯香さん、辻梨樺さん、川上司希さんも店に立った。必死に焼き続けたが、みるみる列が伸び、待ち時間は1時間以上になった。

盛況は喜ばしいことだが、課題は山積みだ。待ち時間の軽減、顧客満足度の向上。高浜高校SBP班は放課後に集まっては議論を戦わせ、次の販売で改善策を実践していく。
例えば、行列の解消には整理券を配布することで対応。リピーターにも楽しんでもらえるよう、季節や対戦相手によって餡を変える工夫をした。

並行して、たい焼き専門店「わらしべ」からおいしい焼き方や接客指導を学び、焼き方を練習。タツヲ焼きの質を高めることにも努めた。
「わらしべさんの焼き方に変えたら、ブースターさんから『おいしくなったよー』と言っていただいてうれしかったです」(武田さん)

高浜高校SBP班は努力が成果に変わるたび、自信を深めていった。
間近で見てきた高浜市役所の高橋さんも、「最初は大人がかなり手伝っていましたが、(3年経った)今では子どもたちだけですべて対応できるようになった」と成長の速度に目を見張る。

「単発のイベントはよくあるが、これだけ継続して若者を応援してくれるプロジェクトは他にはない。本気でがんばる子どもたちを大人たちが本気で応援してくれる。そういう場を作ってくれたことは、高浜市、三河地域の将来への計り知れない投資になっている」
継続的に活動する場を作ってもらえたことが想像以上の大きな学びにつながったと感謝する。


タツヲ焼きを中心に、幾重にも広がる社会貢献の輪

ホームゲームでの販売は高浜高校SBP班の考え方にも変化を及ぼした。武田さんは言う。
「シーホース三河のスタッフ、ブースターさんに優しく接していただいたことで、自分たちも人のために、地域に還元したいという気持ちがより強くなりました」

自分たちが受けた”恩”をより若い世代へ送ろう。すっかりシーホース三河のファンになっていた高浜高校SBP班は、収益で地元の子どもたちを試合に招待し、自分たちがバスケットボールから得た感動を分かち合いたいと考えた。
販売開始からわずか4ヶ月後の2月1日に初年度の販売目標3500個を達成。翌シーズンの2330個分を加えた収益で、高浜市の子どもたち240名を試合に招待した。

こうした地域への貢献が評価され、タツヲ焼きプロジェクトは「第20回中部の未来創造大賞」で「中部経済連合会賞」を受賞。「第5回全国高校生SBP交流フェア」では最高賞の「文部科学大臣賞」に輝く。

受賞をきっかけにメディアへの露出も増加。地域にさらなる大きな善意のサイクルを生み出していく。

シーホース三河のパートナー企業はもともと、『バスケットボールの熱狂を核に地域を元気にしたい』というクラブの想いに共感しているところが多い。その中で、若い世代の教育や地域のにぎわいの醸成に寄与するこのプロジェクトに賛同した伊藤忠製糖株式会社が「沖縄・奄美のきびオリゴ」の提供に名乗りをあげる。
また、社会貢献を行いたくてもこれまでなかなか活動する機会がなかった地元の企業からも続々と声が掛かり、いまでは7社が参画するまでになる。

地元の商業施設やイベント、Bリーグの対戦相手からの出店依頼が次々に舞い込む。
今年7月には西三河地域等の商業施設やマルシェで販売した収益でタツヲ焼きを子ども食堂へ提供するという新たな試みをスタート。
さらに12月には三遠ネオフェニックス戦で初めてアウェーでの出張販売を実現した。3月の千葉ジェッツ戦にも出店予定だったが、新型コロナウイルスの影響で試合が中止になり、急遽安城市の商業施設で販売。その収益でBリーグのCSR活動「B.LEAGUE Hope」へ寄付を行った。

タツヲ焼きが生み出す笑顔は、人と地域、企業を幾重にも結びつけ、広がり続けている。

思いは後輩へ。「高校生の力で日本のスポーツを盛り上げたい」

今年3月、タツヲ焼きプロジェクトに立ち上げから関わってきた4期生が卒業した。3年間で累計10,000個を販売。シーホース三河とのプロジェクトは、彼らに何をもたらしたのだろうか。

「シーホース三河は宝物です。タツヲ焼きプロジェクトはこれからの人生でもずっと残るんだろうなという活動でした。今後はブースターとして、ウィングアリーナ刈谷に来ます」(武田さん)

「私はコミュニケーション能力がなかったので、苦手を克服するために入部しました。ずっと一人で頑張らなきゃと考えていましたが、こんなにいろいろな方に助けていただけるんだって。自分のできる範囲が広がりました」(辻さん)

「高校生活の思い出といえば、部活動が頭に浮かびます。色々なところと連携しながら、普通の高校生には味わえない貴重な経験をさせていただきました」(川上さん)

やりきったと満足げに笑う川上さんだが、一つだけやり残したことがある。
「僕たちはコロナ禍もあり、アウェーでの販売や全国の高校との交流があまりできませんでした。
ゆくゆくはBリーグのクラブがある県の高校生が運営する○○焼きができて、高校生の力でBリーグ全体、さらには日本のスポーツを盛り上げていけたらいいなと思います」と後輩に思いを託す。

高浜高校:武田さん/辻さん/川上さん

全国の高校生が活動を始める足がかりになればと、今季は売り上げで希望する高校や企業にレンタルするための新たに金型を製作することを計画している。
高浜市の高橋さんも「全国にタツヲ焼き、○○焼きが広がっていけば、高校生の成長とともに、シーホース三河さん、高浜市の価値が上がっていく」と地域のブランディングにつながることを期待する。

新3年生には、中学の頃からシーホース三河のファンで、ホームゲームで高浜高校SBP班の活動を見て進学を決めたという熱いメンバーもいる。しっかりと先輩の志をつないでくれることだろう。

これは、バスケットボールと高校生の物語だ。
だが、バスケットボールをする高校生の話ではない。

スポーツエンターテイメントを彩るアリーナグルメの話であり、
教育の話であり、まちづくりの話であり、パーパスブランディングの話だ。

そして、このバスケットボールと高校生の物語は、これからも続く。


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