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仕事


こんばんは、ななしです。

晴れたと思ったらまた雨が降っての繰り返し、梅雨って本当に厄介だなあ。洗濯物も乾き難い。私の様な偏頭痛持ちには、地獄の時期だと感じる。気温が高くならない代わりにジメジメしている。そうなると気分も上がらない。何事も一長一短だ。今日は仕事について書いていこうと思う。と言っても大した内容じゃなく、ただ書きたいことを淡々と綴る感じ。

私は医療系の専門学校で、国家資格を二つ取得したのにも関わらず、卒業後は建築系の仕事をしている。この時点で専門学校に通ったあの三年間は一体何だったんだと自分でもツッコんでしまう始末。思い返せば、夜職をしながら学校を卒業したあの頃の自分を褒めてやりたい。

お前はいつ寝ていたんだと。

もう一度あの頃に戻れたとしても、あそこまでストイックには過ごせないと思う。若さというのは恐ろしいが、素晴らしいものだと感じる。学校を卒業する前に婚約していた私は、きっと安定を求めたのだと思う。自分で決めたので後悔はしていない。それから今までこの仕事一本で生きてきた。入社当時は現場の作業員だった。それから一年で部署を変わり、二年で部署を変わり、三年目からは殆ど一人で何でも処理できるようになった。四年目からは好きなことを言えるようになった。変に専門的な知識が付いて調子に乗っていた気がする。自分なりに、石の上にも三年という言葉をきっちり守っていた。どうでもいいことなのだろうが、私とっては大事な意味のある言葉だったのだ。

飽き性の私は、一つのことを長々と続けることが出来ない。毎日同じことの繰り返しは苦痛に感じてしまうのだ。飽きると当然、やる気も起きない。しかし、私は人より覚えるのが早いようで、それを評価されることが多かった。当時の上司に限らず、今も寛大な人が周りに多い。つくづく思うが私はいつも周りの人間に恵まれていると感じるので幸運だと思う。入社当時、私の悪態が今でも話のネタにされる。思い返してみても子供だったと思う。今も然程変わらないのだが。そんな飽き性の私だが、仕事は休まず毎日通う。この当たり前のことは不思議と出来るのだ。当時は守るものがあったが、それを差っ引いても自分の中に、仕事を楽しんでいる部分があるのだと思う。今は猫のために仕事をしている。それが私の幸せに繋がるからだ。労働は苦しいものだが、引き換えに対価が得られる。今はやり甲斐も見出せた。きっと私はこの先もこの会社に勤めて定年を迎えるだろう。

話を戻すが、数年経つと図面を描いてみないかと提案された。当時の私はPCにあまり自信がなかった。CADと言われてもピンとこなかったのだ。学生時代からPCには触れてきた。ゲーミングPCでCOD、BF、Dayz等のゲームに夢中になっていた時期がある。当時、配信媒体を通して動画の配信をすることもあった。PCを触ること自体に全く抵抗は無かったのだが、それとは訳が違う。しかし楽しそうだという理由と、上司のお前なら大丈夫、なんでも出来るという言葉がすごく嬉しかったので今もひたすらに図面を描いている。私は褒められるのが嬉しいから頑張れるのだと思う。つまり言ってしまえば嫌な事は絶対に出来ないのだ。あの時上司が言った通り、私は今では沢山のことが出来るようになった。継続は力なり、その通りだと思う。

当然人にはそれぞれ向き不向きがある。何でも出来る。諦めてもいい。自分の中でやり甲斐を見出せたらそれを突き詰めて行けばいい。自ずと結果は着いてくるものだと思う。今では公共のモノから乗り物まで幅広く設計している。無事に完成したモノをこの目で見るとやり甲斐を感じる。客先から褒められることや、会社から評価されることが私の自信になる。

平気なフリが上手いが、一人で悩む性格なので気分が落ち込むとしばらく考えてしまう。周りから見ればちっぽけなことが私にとっては大きなことなのだ。少しずつだが成長出来てると感じる。ほんの少し。

気が付けば珍しく、1500字も書いている。結局私は何を書きたかったのか、独り言みたいなもんだ。

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