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近未来と社会課題を考えられる小説『本心』(平野啓一郎)

なんて時勢を小説に織り込むことが上手な人なんだろう。

それが一番大きな感想でした。



あらすじ

舞台は2040年代の日本。

VRの世界で自分の欲を満たしながら生きているのは当たり前で、
更にはVRの発展から、生死に関わらず"自分の求める人"をVF(バーチャルフィギュア)として作成でき、共に過ごすことができるようになっています。


2018年頃?から存在している「他人の目として活動する」プロジェクトがこの小説の中では仕事として普及していたりと、
読みながら自分の知っていることと繋ぎ合わせやすいのが本作の特徴。

「途方もない未来の世界」ではなく、
"今"と地続きの「20年後の日本」としてスムーズに物語に入っていけます。


・仕事
・生活
・恋愛
・家族関係

などの身近な話題をリアルに描きながら「VFが他の人のところへ出張して稼いでくる」など、自分の知識の一歩先となるアイディアまで提示してくれるところには、読んでいてワクワクしました。


目の前のことに囚われてしまいがちだけれど、未来の可能性を考えることは楽しい。

そんなことを思い出させてくれるのが前半。


中盤以降は子どもの頃に交通事故に遭い下半身不随になってしまったけれど、うまく時流に乗って大成功した青年・イフィーとの関わりによって、
主人公が自分のやりたいことを見直し、自己を確立させていく姿を楽しむことができました。



読んだきっかけ

きっかけはnote主催の #読書の秋2022 の推薦図書にあったから。

推薦図書のうち、知らない作品を読んでみよう!

というシンプルな動機です。



この読書感想コンテストをきっかけに新たな本を手に取る、という行動は2020年から今年に至るまで、ずっと続けておりまして。

コンテストが終わった後も度々その年の推薦図書一覧を振り返って、それらを読みながら過ごしていたらあっという間に1年が経ち、次の推薦図書に出会う〜といったサイクルが、今やすっかり定着しました。


そんな中で今年最初にチョイスしたのが『本心』。

大ヒット作『マチネの終わりに』が有名な平野啓一郎さんの著書なので、ミーハー心が疼いちゃったんだよ…!!



印象に残ったところ


前半は近未来のリアリティにワクワクと不安を募らせ、見事に小説の世界に没入!
特に心が揺さぶられたのは中盤以降、イフィーが登場してからでした。

イフィーは子どもの頃に交通事故に遭い下半身不随になってしまったけれど、VR世界のデザインが評価され、大成功した20歳の青年です。


彼が登場して早々に主人公たちに見せたアバターは「カラヴァッジョが描いた《洗礼者聖ヨハネ》の絵を基にした半裸のアバター」。

6年ほど前にカラヴァッジョの展覧会に足を運んだことがあったので、まずここでイフィーの存在が自分の中でグッと膨らみました。


カラヴァッジョはなんとも艶めかしく人間を描くものの、勢い余って殺人を犯してしまうなど、スキャンダルの絶えない画家です。


カラヴァッジョの描いた聖ヨハネ
引用元:https://art.hix05.com/Caravaggio/cara20.johan.html

イフィーはなぜこのアバターを選んだのか。

絵の美しさに心を惹かれてなのか、画家・カラヴァッジョの生前のエピソードも込みで自分と共通のことを感じたからなのか。


思わず、アバター1つからわたしも相手のことを読み取ろうとしてしまいます。
まるで自分も作中の世界にいるかのように。


また、近未来の設定が丁寧に描かれている本作ではイフィーを通して現代の問題にも触れているところも良かったです。


わたしにとって最もインパクトがあったのは「下半身不随による排泄や性の悩み」に触れたところ


わたしは下半身不随と聞くと、きまって大学(薬学部)の講義で話をして下さった下半身不随の特別講師を思い出します。


その人は授業で赤裸々に、排泄と性の不便について語ってくれました。


飛行機で起きてしまった排泄トラブルでは、手間やその後の掃除の大変さ以上に、"恥ずかしさ"が強かったこと。

"下半身不随"とひとまとめに言っても、臓器単位で「どこまで動かせるか」によって個人個人で状況がだいぶ変わるので当事者同士でも寄り添うことが難しいこと。



必修授業内で1度触れただけのわたしですらしっかり覚えているくらい、インパクトのあるお話だったので、著者である平野さんもどこかで触れた折に「これはいつか自分の作品でも触れたい」と考えたのかなぁと推測します。


そして同時に、
「自分は大学の専門科目が医療だったから、下半身不随についても触れる機会があったけれど、全く触れることのないまま生きている人も大勢いる」
事実にも思い当たりました。

わたしだって授業が最初で最後で、それ以降、下半身不随の方と接したことはない。

けれど、その1回があったおかげで、イフィーの様子を読んだ時に広がる情景の量は膨らんだ。



教育や勉強は「それ自体がなんだというのか」と言われることがありますが、"適切な教育を受けることで思考の幅を広げることができる"点はもっと評価されるべきだよなぁと改めて思いました。


わたしが教育のありがたみに気付いたところで、主人公も全く別の機会から教育の重要性に気づき、その分野に貢献していきたいと行動をしていきます。


わたしも教育の分野で挑戦をしていく主人公をただ見送るのではなく、
周りの人に自分の持っている知識を分け与え、
できる限り適切な教育が広く与えられるように尽力していきたい。


読んでいて、がらにもなく貢献欲が芽生える。

そんなリアリティのある話運びも魅力。



『本心』は一言で表すならば「青年の成長物語」。
だけれど、その一言に収まりきらない"近未来を考える楽しさ"と、"今を生きるわたしたちが見過ごしている問題点"の両方を同時並行で考えさせられる小説。



今の状態を変えたい人には行動を。

今が満ち足りている人には他人への共有を。

そんな変化を促すきっかけになる本です。



📖📖📖



#読書の秋2022 企画がなければ読むどころか知らなかった本、『本心』。
久しぶりに大学時代に学んだ内容を思い出せるような小説を読めて嬉しかったです。
いい時間でした。

近未来の話が好きな人には『本心』、オススメです!



Twitterでは読んだ本の1ツイートまとめを投稿しているので、なにかと本を読むきっかけを探している方には良いかもしれません🧚‍♀️



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