TAFRO症候群×新型コロナウイルス感染10日目:挿管回避と1回目のPCR検査

再び「LINEのメッセージに既読がつくかどうか?」で挿管・鎮静の判断をする時間がやってきた。内容のないスタンプだけのメッセージ。返事はいらない、既読がつけばいい。父の悪化を知らせるLINE通話から5時間、そうやって過ごしているのだが、時間はかかっても不思議と既読がついている。

まだ、先生は考えておられるのだろうか…
そう考えあぐねていると、なんと父からLINEグループ通話の着信が入った。ビデオ通話の映像にはなぜか父のドアップ顔の背景に天井と蛍光灯が映っている。

『今ね、うつ伏せで酸素入れてもらってるんだ。俺うつ伏せでなんか寝たことないから首が痛くて…』

そこ?(笑)


***

肺炎の治療に「腹臥位療法」というのがあることを知っていた。

気管挿管中の COVID-19 患者の低酸素血症の改善に腹臥位療法が有効であることが示唆されています(ANZICS, 2020a)。ただし、気管挿管中の腹臥位 療法を安全に実施するためには、医療従事者の十分な熟練と人数の確保の上、事故抜管 や感染予防などに注意しながら行う必要があります。最近、非挿管時にも腹臥位療法を実施したという研究(Caputo, Strayer, & Levitan, 2020; Sztajnbok et al., 2020)がいくつかあり、酸素療法を必要とする患者に、腹臥位を行なってもらい、酸素化が改善したという報告がされています。しかし、非挿管時の腹臥位療法の効果についてはメカニズムも明らかにはなっておらず、どのような症状を有する患者に有用なのか、十分な検証がされてないのが現状ですので注意が必要 です。また、意識がある状況での腹臥位療法では、不快感を伴ったり、呼吸困難が増悪することがあるため患者への十分な説明と医療者の観察のもと実施する必要があります。
COVID-19 重症患者看護 実践ガイド Ver.2.0  一般社団法人 日本集中治療医学会より引用

新型コロナによる肺炎だけじゃなく、重症の急性呼吸促迫症候群(ARDS)になった患者の治療法として使われているものらしく、仰向けに寝ることによる背中側への肺の圧迫を防ぎながら人工呼吸を行うため、半日程度うつ伏せになる方法らしい。

挿管して人工呼吸していた際も、うつ伏せに体位を変えてもらっていたようだ。鎮静化のしかも感染防止をしながらの体位交換は相当な労力だったに違いない。器具などによって圧迫された顔は傷や青痣、紫斑だらけになっていたけれど、それでも父の酸素の値は少しずつ上がってきていたということなのだろう。

そしてこの日は、鼻に人工呼吸器を固定されていた。だから話すことができる。そしてうつ伏せの状態に慣れない父は、初めての意識下でのうつ伏せに戸惑っている。そんな状況だとわかった。

挿管やECMOなどの選択肢には至らなかったということだ。そして何よりほっとしたのは、父の声が5時間前のそれとはうって変わって楽そうだったこと。妹と3人でのLINE通話だったけど、2人ともホッと胸を撫で下ろした。何せ数時間前まで姉妹で「延命治療の意思確認を」とか話していたわけだから。

『コロナって繰り返すことがあるって先生が。でも先生たちも回復してると思ってたって言ってたよ。まだ安心はできないね』

父はそう言って、この感染症治療の、闘病の難しさを私たちに教えてくれた。正直、初日以来、病院から何の連絡もないことを不満に思ったことがないわけじゃない。父の意識がある時だけ患者本人からの連絡が頼みの綱だったから。でも今になってその理由がわかった気がした。連絡することができないのだ。激務もあるだろう、さらに「経過の予測も、治療方法も、不明確なまま手探りで進めなければいけない状況」という可能性があるということだ。

TAFROの治療と、まったく同じだと思った。

入院から10日、感染力を調べるためのPCR検査へ

夕方からそのままうつ伏せの状態で一晩を過ごしたようだ。10日目の朝、首が痛くて辛いと言っていた父が気になりLINEを送ると、クッションを入れてもらいぐっすり寝れました!となんとも健やかな様子の返事が返ってきた。

良かった…何が良かったかって、意識があること。父が朝起きられたことなのだ。「朝起きられて良かったと感じる」なんて非日常だとも思う。びっくりするようなそういう非日常が、日常になりつつある。これは父がTAFRO症候群という疾患に罹ってからずっと。自分の中の「普通」の概念が変わりつつあることを前々から実感していた。

昼食からゼリー飲料が出されたと写真が送られてきた。そして夕食はテルミールのスープ。おかゆからの昇格ではなく、どちらかといえば格下げになってしまったけれど、マスカット味のゼリーやトマトスープには甘いものが苦手な父への配慮が感じられる、美味しい、と言って喜んでいる。

もう何度も自問自答して、答えが出ないままの問いがある。
なんで父はこんなに前向きなのだ?
そういうパワーはどこから湧いてきているのだ?
自分だったら…と考えたら確実に挫けている。私の考えや想定力の範疇にない領域に父はいるのかもしれない。


***

入院から10日を迎えたこの日、PCR検査を実施したそうだ。新型コロナウイルスは発症から10日を過ぎると感染力が減ると診断基準に書いてあった。まだ陽性反応が出るのか?感染力が継続しているのか?を調べるために2回のPCRを実施するとのことだった。

結果は陰性。
翌日の2回目のPCRが陰性なら、感染者病棟を出る準備は整ったということになるのだろう。そうしたら、本来の入院目的、膠原病内科の病棟に移るのだろうか?でもそんなにすぐ肺炎って良くなるもの?それに、また肺炎の症状が悪化することだって考えられる。

こうやっていろいろ思考を広げてしまうの、もはや癖なんだね。どうせなくならないから、いっそのこと個性と捉えた方がいいのかもしれない。そして見方を変えれば、この個性に随分と守られているような気がしてきた。いいことも悪いことも妄想し、想定し、考え、予測し、(心の)準備をする。それでも感情は揺れるけど(いや揺れるというよりも激震に近いけど)準備をしているおかげでフラットに戻る時間も早くなっているのではないか。

また話が逸れたけど、ともかく父は(2度目の)快方に向かっている。翌日のPCRが陰性だったら、治療はきっと次の段階へ移行する。

(だけど、安心するなよ?油断するなよ?)
父が頭の後ろからそう言っているような気がしてきた…
よーくわかったよ、今回。気をつけますよ、絶対。




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